1話目 『水原家』
空は雲ひとつなく、学園へ続く並木道は桜で覆われている。
春は別れの季節であり出会いの季節である。
別れといって通いなれた中学に行かなくなったくらい。教師相手にもなんか仰いでみたらけっこう尊かった気がするが、休みをはさんだら顔なんてほとんど覚えてない。
出会いも、高校へと進学したくらいだ。あたりまえだが、七年ぶりに訪れた雪降る街で、なんか因縁ありそうな少女と会うとか、堤防で大きいオニギリ食べてたら変な少女に声をかけられたなんてことはない。突然妹が増えるなんてもってのほかだ。
そんなわけで、学園で指定されている制服、靴、バック。身につけてるものすべてが真新しい。
キリスト系の私立校らしく、チャペルでは入学式がバカみたいにうるさいパイプオルガンの音色と一緒に厳かに行われているらしい。あくまで『らしい』だ。小学校、中学校とやってきた入学式だ。べつに今更まじめに参加する気なんかこれっぽっちもない。
屋上から下界を見下ろしてみる。
言っておくが俺が不良だから参加しないんじゃない。参加する気なんか元よりなかったし、なにより眠いのがいけないんだ。三大欲に逆らうのは神を冒涜する行為だ。神なんか興味ないけどな。
「つまんねー」
学園の屋上から下界を見下ろしてもこれといって見るものはない。
つまらない入学式を無視して、眠いのを我慢してまで退屈な景色は見たくもない。
ほら、仰向けになれば降り注ぐ陽光。桜の香りを運ぶ春一番。リアルな世界では不景気真っ盛りで、お父さんたちが大変な思いをしているのに、鎖国万歳、治外法権万歳の学園ではまるでそれを感じない。
そして俺はいつの間にか夢の世界へ旅立っていた。
【春休み中】
休日に起床する時間は適当だ。早起きする理由もなければのんびり寝ていたいという欲求もない。だから目覚ましもセットしていない。とにかく目が覚めた時間が起床時間だ。
高校入学前の春休みが終りかけているこの日、俺は久々に普段学校へ行く時間に目が覚めた。二度寝してもいいが、そこまで眠くもなかったので、さっさと着替えて朝食を食べるために部屋を出た。
リビングの戸を開けると双子の姉の妹方、双海以外の家族全員がすでに食事を始めていた。
「あー」
こういったパターンの場合に起こりうる状況はとっくに体で覚えている。一つ言いたい。リアルな世界でも間違いなく現実離れしたことは起こるもんだ。
「おはよー!」
と、挨拶しながら双海は背後から抱きついてくるのだ。初めて見る人からは跳び付くというよりタックルしているようにしか見えないハイスピードで。
半身ずらしてヒョイとそれを回避する。
普通ならハイスピードで突っ込んでいった人間がそんなことされたら地面を滑走するしかない。しかし、双海は違う。天才的な運動神経で片手を地面につきスピードを殺しながら片手倒立前転にもっていきそのままスタっと立ち上がる。体操でもやらせればすぐにオリンピックに行けそうである。
それくらいなら余裕で出来ることを知っているから自分もしっかり避ける。ほらみろ。現実にだって意味不明な姉の一人や二人はいるもんだ。
「おはよ」
改めて双海とその行動に拍手している三人に挨拶する。
「ああ、おはよう」
まだ眠たそうに挨拶するのが水原家の大黒柱、晴海。
海外で科学者をしていて、日本の長期休みのみ実家に帰ってくる。
「おはようございます」
丁寧に挨拶をするのが、双子の姉の姉方、美海。
母さんのいない間は一家の母親役をしてくれている。なんとなく嫁に出すのが勿体ないとか思ったりしている。双海と同じで運動も勉強も家事もやらせればなんでも完璧にこなす。
「おはよう、お兄ちゃん」
水原家の末っ子、美恋音。これまたなんでもそつなくこなす中学生だ。世の中には一ダースも妹がいるお兄ちゃんがいるらしいが、俺には関係ない。
三者三様に挨拶を返す。
さっさと席について朝食のトーストをかじり始める。
水原家の朝食はいたってスタンダードだ。トースト、ハムエッグ、サラダ、どこかの食卓にでてきそうなオレンジ色の流動体。そして気分でコーヒーだったり紅茶だったり。
全員が食事を終えたころに母さんは唐突に切り出した。
「そうそう。食事終わったら別荘のほうに久々の旅行に行くから」
沈黙。ただただ沈黙。そして開口。
「なんでいきなり旅行なんだ?」
三姉妹も頷く。
「決まっているだろ。久々に家族が揃ったんだ。別荘にだって行きたくなるさ」
ここ何年か行ってないから掃除ついでとも説明した。それは旅行じゃない。春一番の大掃除だ。ちょっと遠出したな。
そして唐突にインターホンが鳴った。
「来た、来た。都馬玄関開けてきて」
いくつか疑問は残るが玄関へと向かった。
「よっ、都馬」
玄関を開けると男が立っていた。足元には節操のない、いろんな店の袋がいくつも置いてある。
こいつは高瀬渡。中学時代からの親友で、俺と同じような頭と運動神経をしている。顔はお世辞だがかなりいいの分類だと思う。ポスターなんか作ったらおもしろいことになりそうだ。その上、人当たりがよく友達も多い。学校にかならず一人はいそうな女性徒のアイドルというやつだ。ただ実際には裏でいろいろと怪しい行動をとっている変人。
「悪いが今日は相手できんぞ。家族旅行だそうだ」
他人事のように言って玄関を閉めようとしたが、
「待て、待て。俺は、おかあさんに呼ばれて来たんだ。それで門前払いくらったら意味ないだろ」
後ろから上がってもらえと母さんが叫んでいる。
「おかあさん、頼まれてたもの買ってきましたよ」
渡はさっさとリビングに上がって大量の袋を渡した。
「だれが、お前の母親だコラ」
怒ってから袋の中をあける。
「で、なんで渡を呼んだんだ? その上なんだ、その野菜やら肉やらは」
「鮮度は微妙みたいだね」
「お肉は脂が多いみたい。渡くん、しっかり選ばないと体に毒だよ」
「あ、卵割れている。渡さん、卵は袋の上の方に積むのが基本ですよ」
俺の質問など構いもせずにひたすら物色を続ける。そして出来ていた食材にひたすら文句を言い続ける。まあ、渡の相手なんてそれで十分だ。
「まあいい。で、お前はなにしにきたんだ?」
あきらめて渡本人に質問を投げかけた。
「ああ、なんでも水原家一行は別荘に行くと晴海さんが連絡をくれてな、荷物持ち兼(パシリ)で一緒に行かないかとの誘いがきたんだ。で、今物色されているのが向こうで調理するための食材たちだ」
ちなみにそれ系の店をやっている友人たちから安値で引き取ったとも付け加えた。一ヶ月一万円生活なんてやったら有利そうだな、お前は。結局、それがパシリに使われるのも不憫だが。
「ちょっとまて。なんで実の息子と娘たちが知らないことをお前が知っているんだ?」
「だから言っただろ。晴海さんから連絡をもらったんだって」
「だから何で家族に知らせないでお前に知らせるんだ?」
「それは晴海さんに訊け」
とうの母親は食材を仕分けしたりパックづめにしたりと作業していた。ほかの女性陣もそれを手伝っている。
今邪魔するのも悪い気がした。というか邪魔すると殺されるだろう。もしくは恥ずかしい過去を暴露されるかもしれん。とにかく触らぬ神に祟り無しだ。さっさと部屋に戻って準備することにした。
「手伝おうか?」
「いい。自分でやる」
渡の申し出を断ってさっさと部屋に戻り準備に取り掛かる。
旅行の準備というのは単純なようでかなり複雑なものだ。行き先によって気候や天候が違う。自分の体調や体質にあれやこれや。なにも考えずに行くと痛い目をみるのはあたりまえ。行くときに着る服。旅先での着替えや洗面用具。場合によっては洗剤やタオル。持っていくやつは枕まで持っていったりする。そんな中で必要最低限の荷物を選び抜き、それをいかに小型化して持っていくかが重要なポイントだ。
「何ぶつぶつ言っているんだ、怖いぞ」
「だから何でお前は俺の部屋にいるんだ」
一人で準備するつもりだったのになぜか渡まで部屋きていた。ついでになんとなく理知的っぽい独り言までばっちり聞かれている。
「ベッドの下にエロ本がないぞ。どういうことだ?」
「出てけ!」
質問など一切無視して部屋を勝手に物色していた渡を部屋から押し出した。
「まったく」
一人文句を言って準備に戻る。
さっきは独り言でいかにも「旅行熟練者です」と言わんばかりだったが、実際旅行の経験なんて片手の指の数と同じくらいしかない。その程度の経験しかない俺が最低限のものだけを選び抜いてなど無理に決まっている。が、どうせ一泊二日なのだから着替えは下着だけでいいか。そもそも、旅行っぽくない気がする。つまり、選ぶまでもないわけだ。さっさと下着だけを小さめのリュックにつめて準備を終わらせた。
リビングに戻ると全員準備を終わらせて椅子に座っていた。
「早いな」
「だいたいは向こうに揃っているからね。みんな準備っていっても食材と着替えだけさ」
美恋音と美海姉さんもスカートからズボンに履き替えたくらいしか服装に変化も見られない。
「で、何で、こいつまで誘っているんだ?」
ビシっと渡を指さして尋ねる。
「ああ、荷物運び兼買出し要員兼宴会芸人だ」
「つまりアレだな」
「つまりパシリだ」
「そんなもん俺たちでやればいいじゃないか。そもそも宴会なんかしないだろ」
というかやらせたくない。酒盛りあたりになるのが関の山だ。
「だめだ。とにかく食費が勿体ない。渡の友人筋には各種食材を取り扱った店の息子やら娘やらもいる。そういったコネを使えば格安で食材をゲットできるだろ。まあ、一部は腐りかけで使えなかったり、なにかの間違いで入荷したような未知の物体もあったが普通に買うよりは確実に安く手に入ったよ」
「その通りだ」
ふふんっとナルシストのように前髪をかきあげる。自分が便利な雑用係という名のパシリ扱いだということにまるで気づいてないようだ。ある意味いい友達もったよ、俺は。
「宴会もやらんかも知れんが、居ればそれはそれで退屈しないで済むだろう。家族みずいらずで話すネタも尽きてきたころだしさ」
実際ネタは尽きてきていた。母さんが家に戻ってから一週間以上経っている。休みから休みの間の思い出話などそこまでたくさんあるわけではない。
「ま、そろそろ時間だし出発するか」
「おー!」
母さんが合図をだし双海姉さんが景気をつけて全員が荷物を持って家を出た。
「時に渡。例のものもしっかり準備できているか?」
「見た目に不安が残りますが中身は問題ないものを用意しました」
そう言って、一人走り出し道を曲がって死角に消える。一分しないうちに、
「ちょっとまて! その車どこから持ってきた。というか無免許運転するな!」
突如死角から現れたのは見た目最悪。言うなれば旧世代の珍車。いやいや、もしかすると次世代のスーパーカー。正確に言えば四人がけ座席の車で軽トラのような荷台がついていて、先端には鼻のようなものがある。その上色がほとんど真っ赤な改造車だ。
「うゎー」
「はぁー」
美海姉さんと美恋音は未知ながらも人体に影響のない現象を目の当たりにしたように感嘆の声をもらす。双海姉さんは少女マンガのように目を輝かせ、母さんは無言で頷いている。
「どうですか?」
「特攻仕様にしておけと言ったはずだ。まあいい、代わりに向こうで死ぬまでこきつかってやる。永久管理人の刑だ」
不憫だ。まあ、じっさいにそこまではやらないだろうが。
そして荷台に用意した荷物を丁寧に乗せていく。
「えっと、お母さん。これだと二人乗れないんだけど」
「あぁ、大丈夫。男二人は荷台だから」
うわっ、あっさり言いやがった。
「おいおい。実の息子を荷台扱いか?」
「仕方ないだろ。中は四人が限界なんだから。男だったら文句言わないでさっさと乗れ」
「こういう場合普通はジャンケンかなんかだろ」
「ほう。そんな台詞をはくのか。いいのか、そんなこと言って? かわいい妹といままで世話をしてくれた姉と親である私に対してそんなこと言っちゃっていいのかな〜? 都馬ちゃん?」
なんとなく一歩後ろに後退してしまった。こういったときに母さんは大黒柱の貫禄というのを見せ付ける。下町の肝っ玉母ちゃん顔まけだ。
「まあ、いいじゃないか都馬。春の日差しと風が気持ちいかもしれんぞ。なんとなくヒッチハイクで旅してる気分になれるかもしれないじゃないか。いわゆるロマンってやつだ」
「いまさらいろいろ問題起こして、打ち切りくらった番組みたいなことはしたくない」
「ボクも荷台がいいかも」
「おっ、じゃあ代わってくれ」
双海姉さんのつぶやきに対して速攻で申し出た。
「だめ。双海は中」
美海姉さんがじたばたする双海姉さんを引っ張ってさっさと車に乗せる。他も全員すでに乗り込んでおり、だれも代わってくれる気配はない。
ため息をついて荷台に飛び乗った。
現在公道を時速四十キロほどでのんびりヘンテコ車は進んでいる。ラジオからは十年くらい前のアニメのテーマソングが流れ続けている。それに合わせて三姉妹もカラオケ気分を味わっている。なんで歌えるんだよ?
目的地は電車でいけば駅5つほど離れたところにある小高い丘の上にある別荘だ。実際車がないと食材などで結構重くなっている荷物を持つのはきつい。
それに渡に言われたことを肯定するわけではないが、実際に日差しと風が気持ちいい。
「ほらみろ。けっこういいもんじゃないか」
「まあ悪くはない」
「やっぱお前は俺と同じで未知への探究心をロマンエネルギーに変換して突き進むタイプなんだよ」
「ロマンエネルギーってなんだ?」
「コスモみたいなもんだ」
「コスモってなんだ?」
「・・・・」
こいつはよくわけのわからんことを言う。
「で、さっきから気になっていたが、この車どこから持ってきたんだ?」
「ああ、親父の趣味が車の改造でな、金のない時代に安値で事故車あつめて造ったのがこいつだってさ」
事故車。このフレーズを聞いただけでなんとなく人は不安になるものだ。事故があったトンネルや自殺者のでたアパートの一室。それ系のことがあったというだけで、なんでもないところがホラーの名所になったりする。この車もそれっぽくならないことを切実に願おう。
「ロケットエンジンとかついてないのか? 言いたくないが微妙にゲルググくさいぞ、これ」
かつてゲルググをイメージした消防車のでてくるサイボーグなんたらというマンガを読んだことがある。
「ゲルググをイメージしたのかどうかは知らんが、なんでも光子力エネルギーで動いてるとか、走るゲッター線放射器だとか言ってたな。冗談だと思うけど」
「仮にそれが実話だとすると現代科学の域を超えてるな。007だって真っ青だ」
「車体は真っ赤なのにな」
たわいもない会話を延々続けているうちに、いつの間にか目的地に到着した。
我が家の別荘は木造二階建てのロッジ。使用している木材は海外から取り寄せた高価なやつをふんだんに使い、内部には五右衛門風呂、豪華なシステムキッチンに屋上テラスまである。が、
「ここはどこだ? 幽霊屋敷か? 人外魔境か?」
かつての豪華さはどこへ行ったのか、周辺には雑草が生い茂り、ロッジには苔と蔓が寄生している。一部見えている元の木の部分も微妙な色をしていた。かろうじて記憶に残っていた部分など微塵もみられない。妙な時代に旅立った気分だ。実際に前来たときからは旅立ってるわけだし。
「まあ、十年以上来てないからね。これくらいはなっているだろ」
「そういう次元じゃないだろこれは」
「だから掃除のついでなんだ。ほれ鍵持ってさっさと開けてこい」
しぶしぶ鍵を受け取って、玄関へと向かった。なぜか妙なプレッシャーを感じる。
「おい、渡。お前霊感とかあるほうか?」
「並よりその手の知識はあるぞ」
「じゃあ、お前はこの玄関前の状況をどう思う」
「気にするな」
「なんだ、その含みのある言い方は?」
「どうでもいいからさっさと開けろよ。荷物とかさっさと入れないといけないんだから」
まず鍵を開けたくても鍵穴が見当たらない。もはやその辺りの植物たちと一体化しているらしい。
時間をかけてなんとかそれっぽいところを見つけて鍵を刺してみた。当たりだったらしいが錆びついて回らない。
「油ならあるけど使うか?」
「ああ、たらしてくれ」
なぜか手に持っていた油を周辺にたらして、なんとか回るようになった。
「なあ、ここで一泊は絶対無理だと思うぞ」
「さすがにこれはやばいな」
中は中でさらに悲惨な状況だった。ところどころキノコまで自生している。一時間居座っただけで体を壊すか、なにかにとり憑かれそうな雰囲気だ。
「これはまず蔓を排除しないとだめだな。前進すらできないぞ、これじゃ」
そう言って、渡は外に向かって、
「すいません、美海さん! シートの下にサバイバル工具セットがあると思うんですけど持って来てもらえますか!」
「はーい!」
座席の下を捜索すると海外旅行用のトランクみたいなものがでてきた。
「ああ、姉さんには重過ぎるな」
顔を赤くしてがんばって持ってこようとしている。ふつうに下のところに車輪がついてるんだから引きずってこればいいのに。面倒だが、待ってる時間が勿体ないから受け取って自分で持っていくことにした。
「よし、じゃあまずはナイフでそのへんの蔓を切り刻んで外にだそう。とにかく一階だけでもまともな生活空間を作っとかないと夜が危険だ」
「そうだな。だけど、二手に分かれるのはなんとなく危険な気がするから互いに目に入る位置で作業しよう」
了解をとって活動を開始した。なんで掃除の打ち合わせが秘境探検みたいなのはやばいが所詮蔓は蔓。ナイフで簡単に切れる。身を曲げなくても行動できるくらいの広さは短時間で確保することができた。後は自生しているキノコの排除とコケの除去、そして埃をとったり電気、ガス、水道などの点検をしたり、他にもいろいろ。結局今夜は野宿かもしれない。というか手伝ってくれよ、マイファミリー。
「おっ、これってブレーカーじゃないか」
渡はいつの間にか、キッチンくさいところまで進行してすばらしい宝を発見していた。
「さっさと上げてくれ。暗いのは怖い」
「子供ぶるな、気色悪い。言われなくても上げるから電源も探してくれ」
実際に怖いんだ。遊園地に行ったら、率先してメリーゴーランドへ行こう精神の塊みないなもんだ。おばけ屋敷なんかに喜ぶやつの気がしれん。
「安心しろ。一階の電灯の電源はすべて玄関入ってすぐのところだ。すでに発見してある」
渡はブレーカーを上げ、俺は玄関まで一度引き返した。といっても、所詮は数メートル。森林愛護協会がぶん殴りに来そうなくらい森林伐採がんばったので戻りは楽だった。
「よっしゃ。これで光が!」
勇んで電源を入れたとたん、
「ギャー!!」
どこからともなく謎の奇声。あたりまえだがここにこんなノイズ入りまくっただみ声のやつはいない。
「なんだ!? おい、なにやったんだ、都馬!」
「俺は知らんぞ! なんだ、今の?」
なんとなく地面を見てみると奇妙な現象が起きていた。自生していたキノコや苔の一部が姿を消していたのだ。いきなりまともな木の床が復活していた。
「…………」
「…………帰りたくないか?」
「たぶん字が違う。俺は還りたい」
そんなわけで、光がついたとたんに掃除は半分終了してしまった。やっぱり霊かなんかがいたらしい。 二階部の掃除も電気をつけたらあっさり終わった。家に帰ったら、陰陽師でも呼んでお祓いしてもらおう。
時間はちょうど昼だ。労働者はこの昼食をこよなく愛したことだろう。どこかの大富豪は言いました「空腹は最高の調味料だ」と。今思うと貧乏くさい台詞だ。
現在キッチンでは美恋音が昼食作りに励んでいる。俺と渡は精神的疲労でもうダウンだ。姉二人と母親は談笑中。よかったね、中で掃除していたら笑ってる余裕なんてこれっぽっちもなかったよ。
「できましたよー」
そんなわけで昼食ができたらしい。肉多めのチキンライスとサラダだ。
「で、午後からはどうするんだ?」
今回の旅行の主題は掃除だそうだ。じゃあ、それが終わった今、どうしろってんだろうね。
「決まっているだろ。中の掃除が終わったら、次は外だ」
ああ、あれね。なんか日光に当たっても生きていたところみると、中と違ってだいぶ普通なもんなんだろう。
量が多そうだが、気楽といえば気楽だ。うまい飯も食えたしそれくらいならやってやるさ。
とういわけで、メシも食ったし寝室の確保も終わった。さあ、元気に外掃除でもするか。
「と、いうわけだから、全員渡持参のサバイバル工具セット内にあったナイフなんかを使って、はびこっている蔦を除去したのちに、草むしり。場所は指定しないから目についたところを徹底的にやること。さあ、はじめ」
そんなわけで午後は外掃除だ。各自、分散してがんばっている。
「えっと、あっと」
妙なことつぶやきながら、えいえいやっている美海姉さん。包丁使えるのにナイフ使えないのはおかしいと思うが、まあなんか微妙に違うのだろう。
「姉さん、こんな蔦切るのなんて牛蒡切るのと一緒だから料理気分でやろうよ」
「う、うん」
ぎこちない返事をして、なんか握り拳作って気合を入れ、なんとなくマジな目をして蔦に刃を立てる。おいおい、そこまで勇まなくてもいいだろう。
「あ、できた」
綺麗にすっぱり切れている。まあ、だれだってできるのがあたりまえだ。
「じゃ、そんな感じでそっちはよろしく」
ぐるっと別荘の周りを一周してみる。まあ、思ったほど蔦の量は多くないらしい。目に付いた所を切っていくうちに、いつの間にやら終わっていた。
草むしりにいたっては、あまりにも無理がありすぎるので一家アンド渡そろって途中で断念した。いや、さすがに携帯ガスバーナー使って焼き払うのは危険だしな。
そんなわけで、夜。
あたりまえだが、三姉妹が丹精込めて作った料理だ。裏技使って、安値で手に入れた食材にしてはいい味している。
「いい、ミコちゃん? 携帯用のやつは実験とかで使うやつと違って、空気ネジがないんだ。ガスネジだけ開けて、火を近づける。で、ガスの量調整してって―――」
「かわいい娘にいらん知識を吹き込むな、小僧!」
まったくもってそのとおりだ。しかし、掃除とサバイバルの関連性を教えてほしい。
「あ、このナイフ切りやすいね。お肉が簡単に切れるよ」
美海姉さん、それは今朝蔦とか切ってたサイバイバルナイフじゃん。近代日本の、それも屋内でそんなもん使って肉食うのは間違っているぞ。
「渡、酒はないのか?」
「まて、酒そんなに強くないのだから飲むなよ」
「こんなのでよろしければ」
だから人が止めているのに合間縫って、そんなもんだすな。それもなんだ、その銘柄は。『銘酒 変形合体』って。どっかで聞いたことあるぞ。
「ナイス。いいもの持ってきてるねー」
「お母さん、お酒は控えたほうがいいよ。明日も車運転しなきゃいけないんだから」
「そうそう」
今日初めてお姉さまが偉大に見えた。
「言っとくが、俺はホラーが苦手だぞ。一家の謎車が事故で大破したなんて地方新聞の一面かざるのはごめんだからな」
「だったらみんなで飲めばいい」
「どこの世界に未成年の息子と娘に酒を勧める親がいる!」
なんかすんげー疲れる。
「あ、お母さん一杯頂戴」
こらこら、双子だから姉妹そろって道徳を捨てるなよ。止めていたのは一時の気の迷いか? かわいい妹はお姉ちゃん背中を見て育つんだぞ。
「じゃあ、俺も一杯頂けますか」
この際、お前が全部飲め。
「よし! 今日はみんなで酒盛りだー!」
「おー!」
おいおい、俺と美恋音だけ置き去りかよ。安心しろ妹よ。お兄様は決して道徳を捨てたりしないぞ。そもそも渡の持ってきた謎な酒など飲めるか。妙な薬物が入っているか自家製作のあぶないやつに決まっている。
で、そんな一時の勇気など通用するはずもなく、結局俺以外全員バタンキュー。お酒の強さは取り柄です。お母さんありがとう。
とは言っても、やっぱり気持ち悪い。現在二階テラスにて酔いを醒ましているわけだが、はっきり言って醒める前に吐きそうだ。なんだあの酒は。アルコール度数いくつだよ。お子様にはおすすめできませんとか、お酒は二十歳になってからとかそういうレベルじゃなかったぞ。美恋音なんて舐めただけで倒れたぞ。美海なんか、顔真っ赤にして意味不明な説教してくるし、双海は、ちょっと言葉にできないことをしてくるし、母さんと渡は二人で爆笑してるし。
「で、お前は一人抜け出して酔い覚ましかい?」
「なんだ、起きたのか」
「向こうじゃ付き合いでよく飲むんだよ。ウォッカの一気飲みするようなやつらと飲むんだ。少しは強くなるさ」
だったらあれは演技か。いやいや、単に立ち直りが早いだけのような気がするが。
「いや、しかし、いい友達持ったね、お前は」
「友達か、そうかもしれないな、あんなやつはなかなかいない。でも、結構疲れるぞ」
「まあいいじゃん。友達多いと有利だよ、いろいろとね。今日の渡がまさにそれさ。あんだけの食材を軽く一人で集めれるやつなんてそうはいない。人脈の勝利だ」
どうせ俺は友達少ないよ。
「じゃ、高校進学おめでとう」
「あ、サンキュ」
なんかコップを渡してくれた。水らしい。
「ブホッ!」
「ん、どうした?」
「これ酒じゃねーか!」
よく見ると母さんの手には『銘酒 熊殺し改』という一升瓶が握られている。これもどっかで見たことあるぞ。
「気にするこたーないさ。祝いの日くらい酒飲んだってお上も文句言わないよ」
「なんだ、祝ってくれるつもりで酒盛りしたのか?」
「あたりまえだ。じゃなきゃ子供に酒なんて飲ませるわけないだろ」
自分も一杯飲みほす。
「たまにしか帰ってこれないんだ。家族でどんちゃん騒ぎの一つもしたくなるってもんだけどね」
「言ってくれればそれなりの準備はしたのに」
「だめだめ。今回の中心はあんたと渡なんだ。まあ、本当のこと言うとね、今回の掃除イベントも伝えてなかったのはお前だけなんだよ」
「は?」
つまりあれですか?
「そう。つまるところ家族でかわいい都馬ちゃんを祝ってやろうってことになってね、ついでだからその友人Aも祝ってやろうってさ」
「はぁ。べつにいいのに」
どおりで、準備が早かったわけね。そうだよな。さすがに一泊二日のそれもいろいろある別荘行きだかといって、女性であの準備の早さは異常だ。
「楽しんだかい?」
「怖かった」
「素直じゃないねー」
素直な気持ちだから怖いって言ってるんだよ。何度も言いますがホラーは苦手です。幽霊屋敷とか完全にパス。
「ま、お前の怖がりは今に始まったことじゃないしね」
「悪かったな」
「悪かないさ。ま、そんなことよりさ」
母さんは俺のまえにコップを突き出す。まあ、いいか。乾杯した。
「うまいだろ? 祝い酒ってのは」
そうだね。個人的に感想言わせてもらうと、
「辛い」
現在】
まあ、あれだ。夢なんてものは、突然過去を思い出したりするものだ。ついでにタチの悪いものでかなり脚色つけくわえられたりしているのだな。さらに、今見た夢でも一瞬で忘れちまうわけだ。で、結局俺はなんの夢をみていたんだっけ?
無駄なこと考えていたらチャペルの鐘が鳴った。十点鐘ってやつ。けど、これって普通は死者への弔いで鳴らすやつだろ。ほんとにここはキリスト系なのかね。
しかし、祝われちまったものはしかたないわけで、俺はここで三年間生活するわけで、姉とバカも一緒なわけで、これからいろいろ変なのが出てくるわけで、退屈しなくてすみそうだ。
けど、哀愁に浸っている間ってのは、俺にはないらしい。そう、俺はたった今、双海姉さんの蹴りで目を覚ますわけだ。
そうそう。一つ思い出した。今日は双海姉さん機嫌が悪いんだっけ。
続くと思う。
☆ 簡単登場人物紹介☆
・水原都馬
このストーリーの主人公です。
高校に入学するが、なんともやる気のない性格の持ち主。
・水原双海
都馬の姉。都馬に恋してるらしい?活発な元気な娘です。
・水原美海
都馬の姉であって、双海とは双子の姉。水原家の家事一般を担当。のほほんしてる。
・水原美恋音
水原家の末っ子。やる気のない兄、活気のある姉、のほほんしている姉の影響で生真面目に?
・水原朝海
水原家の大黒柱、普段は海外で仕事をしている。一応科学者らしい。(この話では春休みで、日本に帰国している)
・高瀬渡
都馬の親友でクラスメート。外見はそこそこだが、何故かモテナイ。