みなさんこんにちは、水原美恋音です。水原家の末娘で現在中学二年生。
今日は私の家族とその仲間たちを紹介しようと思います。
まず始めに、水原家長男、水原都馬。私のお兄ちゃんで、きつい目つきで他人を威嚇しているけど、じつはとってもいい人です。
次に水原家長女と次女、美海お姉ちゃんと双海お姉ちゃんです。スタイルよければ心も優しい。運動も勉強も家事も得意でまさしく絵に描いた素敵な女性像そのものです。ちなみに二人は双子です。
続いてお兄ちゃんの唯一のお友達で親友の高瀬渡さん。お兄ちゃんと違ってとってもフレンドリー。ちょっと変な感じがするけどいい人です。持ち歩いている鞄の中には秘密道具がいろいろ入っています。
そして私の親友の霞流優夢ちゃん。内気で人見知りしちゃうタイプ。なんだかお兄ちゃんが気になるみたい。
優夢ちゃんにはお姉ちゃんがいて、夏葵さんというらしいです。話に聞くかぎりでは、とても活発なのだけど生活能力があまりなくて自堕落な毎日を送っているそうです。それでも今は学校の先生だとか。
そして今日、お兄ちゃんにまた新しい変わったお友達ができるそうですけど、それはまた別の話。

数分前に双海に叩き、いやいや、蹴り起こされて現在は教室にいる。
 アホなことに俺は自分の教室の場所も知らなかった。普通新入生というのは事前に説明会みたいなのがあって、そこでクラスも発表になるはずなのだが、残念なことに俺はそれに参加しなかった。というか忘れていた。というかさぼっていた。俺は一年B組だそうだ。
そんなわけで、美海姉が調べておいてくれたので、なんとかたどり着けたわけだが、世の中そんなに甘くはない。俺は自分の不運というものにとてつもなく運命的なものを感じてしまう。六〇億分の一の確立というやつをこんなところで使っていいのだろうか? というかすでに確率なんてものは無視されているらしい。
クラスのドアを開けて第一印象というものをだれもが感じるだろう。雰囲気よさそうとか、前の学校の友達と一緒だとか、平和に生活おくれそうとかそんな感じ。だが、俺はこの第一印象というやつが、ある意味で最悪だった。つまるところ言うまでもなく『最悪』という第一印象だったわけだ。
こいつらは、ほんとにいろんな学校から進学してきた生徒なのかというくらい、すでに微妙な団結力をみせていた。というかすでにいくつかのグループが形成されていた。薄っぺらい本を回し読みしているやつら。パソコンを並べてオンラインゲームに勤しむやつら。短波ラジオと携帯で株価チェックしているやつら。黒板に妙な化学式を書きまくっている白衣のやつら。白衣一派の口からはプルトニウムとかミサイルの弾道計算に使う演算機がどうこうというあぶなっかしい言葉が垂れ流し状態だ。極めつけは、男一人と女複数という状況を形成しているところ。ちなみにその男というのは、渡だった。うらやましいわけじゃない。つまるところ親友の苦労というやつに涙がでてくるのだ。なんとなく孤立しているやつらは、それはそれで危険だ。  頭に『絶対合格』と書かれた鉢巻をして勉強し続けている、瓶底メガネマン。この騒がしい状況で黙々と女体フィギュアを着色してる、おでぶさん。唯一まともそうなのが一人静かに椅子に座っている女の子。
まあ、あれだよ。学校という空間が俗世間から隔離されたような空間であるようにこの教室もまたその学校という空間から隔離された存在らしい。おそらく『性格に難ありだけど成績いいから合格にしとけば後々有利じゃん』という学校側の思惑で入学してきたやつらのスラムといったところだろう。
はっきり申しまして、俺はそのスラムの住人として学校に認められている奴らと、この空間で一年生活しなければならないことに大きなショックを受けているわけだ。だから声を大にして言いたい。
「最悪だ」
しかしここで大声をだすと注目浴びそうなのであえて小声で我慢する。
肉体を捨て電脳世界にダイブするような感じで再び机にうつぶせた。
考えることもないので合格通知と一緒に入っていた学校紹介のパンフの中身を思い出すことにしよう。

この学校はキリスト教系列の私立高校で生徒数五〇〇〇人くらいのマンモス校だ。
厳しい校則による自由な学校生活を謳っているが、矛盾しているとしか思えない。その厳しい校則とやらも、『横断歩道は手を上げて渡りましょう』『しらない人にはついていかない』など、幼稚園か小学校低学年レベルのふざけたものである。ちなみに登校中横断歩道で手を上げているやつを俺は一人も見ていない。その上、女子の制服はミニスカート。キリスト系のロマンなど微塵もない。
なんとか体面を取り繕おうとしたのか、校訓は『世界平和』などと言っている。たかが高校生活でボランティアやなにやらしたところで世界は別に平和にならないと思う。平和にしたいならアクメツでもしろよ。
敷地は五角形で一部ではペンタゴンと呼ばれているらしい。米国が聞いたら怒りそうなネーミングセンスだ。校舎は三つにわかれており、各館六階建て。それらは敷地の奥の方に正三角形になるように配置されており、一階、三階、五階の渡り廊下で結ばれている。渡り廊下の中央にはちょっとしたホールがあって、一階は、ここがカフェテリア、つまり学食になっている。三階と五階のホールにはベンチや観葉植物、校内の各種情報が見られる端末などが設置されている。因みに、この端末はガイド役でかわいい娘がでてくることで人気を呼んでいる。ワードとか使うとでてくるイルカみたいなものだ。ついでに、この端末のマニュアルも新入生全員に配布されている。
各館には、それぞれ役割が決められている。第一館は教室棟、あたりまえだが通常の教室のみで形成されている。第二館は教職員室棟と専門教室棟。職員室や音楽室などはここに集中している。移動教室のときは、
めんどう極まりないだろう。第三館は部室棟になっていて、運動系の部活も文科系の部活も部室だけはここに集中している。ついでにこの学校は部活をかなり奨励していて、部員が五人以上いれば無条件で部活として認めてもらえるのだ。しかし、それなりに実績をあげなければ部費はスズメの涙ほどだ。
因みに、如何わしい部活がいくつかあるので紹介しておこう。『軍部』『下腹部』『花王のバ部』。バカにしているとしか思えない。

「……頭痛ぇ」
 思い出しただけで頭痛がする。いくら姉二人が通っている、由緒正しいキリスト系お金持ち進学校だとしてもこれは異常だ。異端の力がやどるにもほどがある。勝手に命名、アンニュイ学園。
 どうでもいいことをやっているとようやく教室の戸が開かれた。
「みなさーん!」
 突如進入してきた謎の女性は回転運動しながら、教卓付近まで接近。目の前でなにかやっている白衣軍団を蹴り飛ばし、猿山のボスみたいな感じで教卓前でストップする。
「こんにちはー! あたしはみなさんの担任になりました―――」
 黒板に白チョークで高速かつ丁寧な文字で、
「霞流夏葵です!」
 という名前を書いた。一同呆然。俺は唖然。
「す、す……」
 一部生徒たちがなんか拳握って小刻みに震えている。
「すばらしい!」
「はぁ!?」
 これを見てすばらしい? 一部は拍手し、一部は涙し、一部は無視している。
「ありがとー」
 当の先生はライブ終えたアイドルみたいに手を振っている。
「さすが妙な学校! 期待通り教師まで、こんな飛んでる人だとは。趣味と訊けばショッピングなんて答えそうな普通の人じゃないなんて。あえて! あえて皆でもう一度称えようではないか、すばらしいと!」
 ついさっきまで株価チェックしてた、グループの一人が机の上に立って叫んでいる。帰っていいですか?
「なぁ?」
「どうした?」
 いつの間にか女性の輪から解放された渡が定位置らしい後ろの席に座っていた。因みに伊達メガネをかけている。学校にいるときはいつもこれだ。
「校長あたりにクラス替えの申請でもしないか?」
「無駄だ。この状況を作ったのが学校なのだから、文句言って受け付けてくれるとは思えない」
「そこをなんとか!」
「俺だっていやだよ!」
「こらーっ!」
 突如先生がチョークを投げてきた。現代版の投擲ってやつかな。もちろんとんでもないスピードだ。ギャグマンガとかでよくあるだろ。幸いなことに双海姉さんのタックルで養った反射神経のおかげで回避できた。後ろの渡も首を曲げて避ける。最終的にその後ろの席の名前もしらないだれかさんに当たって終わる。はじめて聴いたがいい音するものだ。こう、スコーンって感じで。
「そこの二人、担任の晴れ舞台にお喋りとはなにごとか!」
「す、すいません!」
「はぁあ」
 ため息が出た。怒る教師に媚びる親友。泣けるね。だいたいこのご時勢にチョーク投げる教師がいること自体にため息がでる。今時の子供はデコピンしただけでも訴えたりするんだぞ。さっきも白衣を蹴り飛ばしていたし。
「ところで――」
「なんですか」
 いきなりずんずんと、よってくる先生。周囲からも注目が集まる。
「うーん、どっかでみた顔だね」
 スタンディング考える人みたいなポーズで唸っている。よく見ればそれなりに美人だ。
「そのなんか威嚇しているみたいな目つき、どことなく気品あふれるかっこいい系の顔、クールって言葉をかっこいいと勘違いしてそうなその態度……」
「悪かったな、目つき悪くて、顔が変で、無愛想で」
 貶してるかこの人は。ついでにクールはかっこいいって意味もしっかりあるぞ。
「ああ、思い出したよ。高瀬渡だ」
「渡はこっちです!」
 ビシっとそっちの方を指さす。
「冗談だよ、水原都馬」
 いたずらっぽく笑う。どことなく魅力的なその雰囲気に一部は叫び、一部はシャッターを切る。
「こら、そこのカメラ小僧ども! 被写体に断りなく撮るのはマナー違反だよ」
「一枚いいですかー?」
「あとでねー」
 どんな会話だよ。
「さて、水原。いやいや、驚いたよ。成績いいとは、聞いてたけど、まさかウチの学校にくるとはね」
「はい?」
「そのうえ、危険度A判定の特別指導学級B組に入れさせられるとは」
 呆れてものも言えないといった感じで首を振る。
「だからどういうことですか?」
「俺からも聞きたいですね」
 渡も話に入ってくる。
「あれー、気づかないかな? 妹から話聞いてない?」
 先生は黒板の方を指さす。
「なんて書いてあるかな?」
「霞流夏葵」
「はい、そのとおりです」
 それがどうした?
「ねえ、キミって、あんがいバカ?」
「頭よくはないですね」
 だからどうした?
「って、おい、都馬」
「どうした?」
「今年度、魔のバレンタイン、原チャリパクって高速失踪事件はだれのチョコをとりかえすためにやった?」
「優夢ちゃんだろ?」
 あんなもん忘れられるか。
「フルネームは?」
「霞流――」
 はい?
 バっと黒板を凝視。今一度担任の名前を確認する。
「おいおい」
「そ、優夢はあたしの妹」
 ありえない。同じケツから生まれてきた人間とは思えない。考えたくない。
「失礼だねー」
 そんなこと言いながら、教卓に戻っていく。あとで絞られそうだ。
「ええ冗談はここまでにしといて、今回『性格おかしいけど成績いいからいいじゃん』ってことで、そんなの集めてできたB組の担任の霞流夏葵です。まあ、適当によろしく」
 案外いい先生かもしれない。そのへんしっかり言ってくれる教師は個人的に好きだ。
「というわけで、さっそく教科書を配りたいわけなんだが―――そうだね。水原と高瀬、それから頼成。あんたら三人で二館にある資料室いってとってきて」
 ま、普通かな。教科書ってのは、生徒が資料室あたりから持ってくるのがあたりまえって感じだ。
 ところで、
「頼成ってだれ?」
 見回してみると、俺と渡以外に一人女の子が立ち上がった。さっきの孤立組で、なんか一人で、ぼーっとしていたやつだ。
「それじゃ、いくか」
 俺の後ろに渡と頼成がついてくる。
「ああ、体育館横の倉庫に台車あるから使うといいよ」
「どうも」
 背中に助言をうけて教室をでる。が、その前に
「ところで、なんで、この頼成さんまで指名したんです?」
 とうの頼成さんはちょっとびっくりしたような表情をしている。
「おもしろいから。覚えておかなきゃいけないのは、ここがB組だってこと」
 ふくみのある笑いを浮かべる。これ以上の詮索は無駄だろうな。
 あらためて教室をあとにした。
「それじゃあ、恒例の質問大会いってみよー!」
 直後に教室からはサバトじみた歓声がきこえた。

「頼成さんはどこの中学出身なの?」
 歩いている間、暇なので軽い自己紹介を済ませ、現在は質問タイムだ。
「あ、僕は県外の中学出身ですから」
「へー県外か。俺は生まれたときからこっちだからなー。まあ、地理には詳しいから困ったら言ってよ」
「はい、ありがとうございます」
 つっこめよ、渡。このご時勢に一人称僕の女の子だぞ? 絶対なにか間違っている。かわいい顔してやっぱり性格は微妙くさい。こういった人は双海だけで十分だ。
ちなみに渡の場合は制服の下にその手の機材を装備しているから地理に詳しくなくても大丈夫。
「水原くんは霞流先生と知り合いだったの?」
 唐突に質問ふられる。まあ、
「いや、初対面。けど先生の妹とは知り合いだ」
 としか答えられないような質問だ。
「先生の妹さんはどんな人なんですか?」
「いや、べつに」
 まあ、これと言って普通。そりゃ、かわいいしそっち系の人にはうれしい内気で、守ってあげたいタイプなんだろうが、俺はそういう特殊な性癖じゃないし。
「今年のバレンタインなんてすごかったんだぜ。先生の妹は優夢ちゃんっていうんだけど、その子が都馬にチョコあげようとしたんだけどさー」
「だまれ」
「ごめんなさい」
 もうあの話題はごめんだ。後日談だが、へんなところで寝たせいで、筋肉痛で体ガタガタ。必死こいて帰ろうとすれば原チャリはガス欠。しかたなしに歩いて帰ろうとすれば途中で警察につかまり、犯罪っぽいところを伏せて事情を説明してもこってり絞られ、身元引き取り人ってことでやってきた姉さんたちも家に帰ればこっちの苦労に大爆笑。思い出したくもない。
「えっと、なにかあったんですか?」
「犬に噛まれたんだ」
「はい?」
「そういうことにしといてくれ」
 犬に噛まれたと思って忘れてくれとう台詞はよくある。つまりそういうことだ。

 適当に会話を繰り返しながらも例の体育館横の倉庫とやらにまで到達した。
「広すぎだ、この学校」
「敷地広いからなー」
「けど着きました」
「まあ、どうでもいいからさっさと台車とやらを持ち出そう」
 倉庫の中に入ると、すぐに壁に立てかけられた台車をみつけた。ボロいわけでもなく普通に使えそうだ。このあたりはしっかりしている。
「これで全部純金とかだったら笑えたのにな」
「それはちょっと」
 ちょっとどころじゃない冗談だ。

「ところでこれをどうやって持ち出すんだ?」
「これこそ笑えるな」
「あははー」
 現在資料室にいるわけなんだが、ちょっと目の前に尋常じゃないものがある。
 資料室って言ってもここは第三資料室なわけで、現在その第三資料室を埋め尽くすかのごとくでかい段ボール箱とうか段ボールコンテナみたいなものが存在している。それを前に頼成は微妙な笑い声を上げている。
「ん」
「うい」
 意思疎通。文章表記すると一文字で表される言葉で理解したのか渡は俺の手にカッターナイフをわたす。渡相手だから通用する手段だな。ついでこのカッターは当然制服の下からでてきた。
「すごいね」
「いや、じつは長いこと付き合ってるとわかるが、都馬の行動パターンは案外単調だから読みやすいんだ」
「どうでもいいから解体するぞ」
 コンテナをカッターで分解していく。中身が不安なので最終的には手で分解するレベルまでしか刃は入れない。
 一応ガムテープとかをはがして、解体はすべて終了するのにそんなに時間はかからなかったわけだが、
「芸が細かい」
「けど物理的になにか間違ってる気がします」
 まあ、おかしい。解体したコンテナの中から出てきたのは普通サイズの段ボール箱いくつか。これらをわざわざコンテナサイズの段ボール箱に入れるあたりは完全に遊んでいるとしか思えない。だいたい、コンテナのほうはドアのサイズより大きい。理屈的にはいわゆるボトルシップというやつと同じなのだろうが、そこまでやる理由がよくわからん。
「まあ、いい。さっさと持ち出すぞ」
「はーい」
「ちょっとまて」
 渡の制止がかかる。
「あたり前のことなのだが、台車三つじゃ乗りきらないぞ」
 たしかにあたり前だな。クラス総勢四十人以上。中学と違って教科もいろいろ分かれるせいで教科書も多い。ついでに体操服まである。そんなのが、このちっぽけな台車に全部乗るわけがない。
「どうする?」
「考える」
 当然だが、三人揃ってもう一度往復しようなどという殊勝な考えは持ち合わせていない。
「あ、やっぱり困ってた?」
「はい?」
 三人揃って下向きながら唸っているところに突如天から声がした。
「美海か?」
 天からの声は美海姉さんだった。
「やっぱり一年生は、誰でもここで詰まるんだよねー」
 後ろから双海も現れる。
「やっぱりと言いますと?」
「この学校ってこんな感じじゃない。毎年毎年この日の資料室はこんな感じなの」
 つまり、姉さんたちはこの状況を知っていて、なおかつ俺たちが困ることも予想し助けにきてくれたと。
「はい、これ」
 双海と美海がひっぱって来たのは台車三台。それも大きめのやつだから、がんばれば全部乗るだろう。片手で台車を一台ずつ操りながら、移動するのは大変だけど。
「サンキュー、双子」
「ありがとうございます。双海さん、美海さん」
「ええっと」
 一人、頼成だけが状況に取り残されている。
「あ、紹介遅れました。私は水原美海。都馬の姉です」
「ボクは双海。美海とは双子で妹だよ」
「えっと、頼成沙織です」
「ふーん、沙織ちゃんね」
 なんか意味ありげにつぶやく。
「ねえ、双海」
「うん、たぶん――」
 なんだか相談しはじめる。急に俺たちまでおいてけぼりだ。
「ちょっと、沙織ちゃんこっちきて」
「え?」
「いいからいいから」
 姉さんたちに連行される頼成さん。
「ああ、やっぱり」
「やっぱりなんか微妙に違うんだよねー」
 数分後なんか納得したような台詞の後、頼成さんは開放された。
「なんだったんだ?」
「…………」
 頼成さんは顔を真っ赤にしてステータス異常の沈黙みたいな感じになっている。
「おもしろそうな友達できてよかったね」
「うん。ライバルじゃないならオッケーだよ」
 ライバルってなんのライバルだろう? 
「ところで都馬」
「何?」
 双海姉さんが甘ったるい声だしながら寄ってくる。
「やっぱりさ、迷える子羊を助けてあげたんだから、ご褒美の一つくらいくれるよね?」
 ちょい上目づかいで潤んだ瞳は反則技だ。ってときめいてどうするよ。
「ああ、じゃあなんかほしいものあったら」
「だったらやっぱりアレとかソレとかナニとか―――」
「もういい、生涯かけても褒美なんかやらない」
「じゃあボクがあげるからー」
「却下」
 その後延々ねだってきたがことごとく否定していった。そのたびにじたばたする姉さんは子供っぽすぎてはずかしい。これでも学園一、二をあらそう才女なのだから世界は微妙だ。
「はいはい、それじゃあがんばってね」
 かなりの時間がたった後に美海姉さんがようやく俺と双海姉さんを引き離して、どこかへ去っていった。
「……うちの姉は歩く十八禁か」
「がんばれ歩く健全性教育」
「…………近親相姦ってやっぱりブームなんですか?」
 一名なんか危ない単語を含む文章を口にしたがあえてふれないでおこう。
「で、なんだったんだろうな」
「立つ鳥跡を濁しほうだいだな」 
 結局よくわからないまま、姉さんの持ってきた台車に感謝しつつ教室へともどった。
 台車に段ボールを乗せるときに『萌える英単語』というラベルのはられたやつがあったことにはこのさいふれないでおこう。

 さてさて教室。ところ変わると面白いことが起こるように世界は回っているらしい。
「だから、なんでいつもそうなの!」
「いいだろー。おもしろければー」
「そんな子供みたいな理屈が通用する歳じゃないでしょ! いい!? 仮にも教師なのよ? 生徒たちに知識と道徳をあたえるのが普通でしょ!」
「一応まじめな英語の授業だよー」
「だいたい今日は授業はない!」
 つまり帰ってみればこうなっていた。夏葵先生となんかよく知らないけど教師みたいな人が言い争っている。ちなみに教室の一部ではどっちが言い負かすかで賭けが始まっている。まずそっちをとめてほしい。
 黒板には『正しい英語での悪口の言い方』と書かれている。内容は「You are fool.」に始まりなんか危ない英文がずらずらと。
「お、帰ってきたな若人よ」
「はあ」
 ようやくこちらの存在にきづいたらしい。
「ほらほら、かおりくん。そっちだってかわいい生徒ちゃんたち残してきてるんだろー? 生徒に道徳教える立場である教師が、こんなところで、さぼってていいのかなー?」
「うっ」
 言葉に詰まっている。ついでに体を細かく震わせて拳を握っている。
 ついでにクラスメートの一部は万歳の準備をしている。たぶん夏葵先生に賭けたやつらが勝ちを確信しているんだろう。
「いい? もう少しわきまえなさいよ」
「はいはい。ほんじゃねー」
 悔しそうに去っていくかおりと呼ばれた教師の背中に手を振る夏葵先生。友達少なそう。同時に教室の一角で歓声と雄叫びが響きわたる。おめでとう勝者たちよ。
「いやー、あいつ神楽坂かおりってんだけどさー、これがまたうちとは正反対なやつら集めた究極坊ちゃん嬢ちゃんクラスの担任なわけな。あれは絶対調子にのってるな。いいかー? 出世した気分で浮かれてると悲しい結末がまってるぞー」
 なんか勝手なこと言っている気がしてならない。べつにいいけどさ。
「よし、無事に届けてくれた勇敢な少年たちに感謝しつつも配るよー」
 さっさと段ボール箱を開けて、中から大量の本を出していく。出した先から「一冊ずつ適当にもってけー」などと言って処理していく。なかなか統率力のあるひとみたいだ。
 配り終わるのにはそれなりの時間がかかったがそれも無事に終わった。しかし、
「先生、なぜか俺の分の教科書が、ないっぽいんですけど」
 面倒なので最後まで待って一気にすませようとしていた俺の机の前には本が一冊もない。
「アホか、きみは」
「悪口はいいから教科書ください」
「やだねー。これだから金持ちは。いいかな? 本ってのは自分で金出して買うもんだよ。いつまでも優しいメイドさんや執事に頼ってたら、将来ろくなことになんないよ」
「いや、うちにはメイドも執事もいませんし。そんなことよりなんで、俺の分がないんですか?」
「きみ先週の説明会さぼったろ?」
「あぁ」
「きみ入学の手引き読んだ?」
「届いた日にざっと」
「ここにあるから説明会の進行予定とかのところもう一度読んでみなさい」
 入学の手引きというのは入学式と始業式までにやっておくことなんかが書いてあるやつのことだ。
 ついでに俺は驚愕の文を発見した。
「説明会において、体操服・教科書の入金を行います」
 文面を正確に暗唱してくれる。
「つまり」
「そう。入金してないわけだから、きみの手に教科書がいく確率はありません。はい、お終い」
「勝手にエンドマークつけるな!」
「はーい、それじゃ全部届いたか確認するよー」
「だから俺に届いてない!」
 悲しい叫びも無視されて状況は進展していく。頼成さんはこの状況をみて微笑。渡にいたっては「あれー? 都馬くん教科書ないのー? だめだよー、寝てばっかりじゃ生涯無気力さんで終わっちゃうよー」みたいな台詞を言いたそうな顔で笑いをこらえている。すげーむかつく。
「それじゃ、そろそろ下校時刻みたいだから最後にこんな言葉を贈ろう」
 黒板に英文を書いていく。内容は「We dedicate this book to you,th-e future learners!」日本語訳すると「本書をきみたちに捧げる、未来を切り開く学び手へ!」となる。
「そんじゃ、捧げたからしっかり勉強するように」
 ちょうどチャイムが鳴って、今日という日は終わった。
「先生、私とスールの契りを!」
 などと去り際の先生によっていく謎な人物も当然のようにいるわけである。あえて無視。

「災難だったなー」
「しっかり参加しないからこういうことになるんですよ」
 夏葵先生が教室を去ると、渡と頼成が俺の机までやってきた。慰めているのか楽しんでるのか微妙なところだ。
「ま、明日からは隣の人にでも見せてもらうんだな」
「ああ。明日にでも入金とかするから届くまでの間はそれで我慢するよ」
 あきらめて席をたつ。さあ、明日から楽しい高校生活の本スタート。さすがの俺も遅刻もしなけりゃ、サボりもしない、まっとうな生徒ちゃんでがんばるぞ。
「明日あたり学園を放火しないか?」
「うーん。さすがにそんな急な作戦でやると、足がつく可能性高いしなー」
「そうだな。朝刊のトップに『乱心高校生狂った果実』とか載っちゃいそうだしな」
 訂正。仮に俺が遅刻しても、サボっても、まっとうじゃない世界ではまっとう扱いになる気がしてきた。学園自治会はとにかく、このクラスを洗脳してでも、犯罪にはしらないようにしてください。それが『世界平和』への第一歩となるだろうから。
「……帰るか」
「そうだな」
「はい」 
 いつの間にやら頼成も俺たちに馴染んでいる。ま、悪くないかな。こうなると、
「沙織」
 友達百人できるかな、なんて小学生みたいなことやってみるのもありかな。趣味じゃないけど。
「はい?」
「友達記念ってこと。お前らしいよ、都馬」
「うるさい」
 そんなわけで早々に友達が一人増えました、ってことにしておこう。
「ええっと、今後ともよろしくお願いします。都馬くん、渡くん」
「よろしく」
「よろしく、沙織」 
 こうして俺たちの三人称が変化した。
 和んでいるところに、都合よく放送がかかる。
『あー、テステス。本日は曇りなりー。晴天ばっかりじゃつまんないからねー。ええ、一年B組の水原都馬くん、至急職員室まで来るように』
 用件はそれだけでブチっと放送は切れた。
「だそうだな」
「急いだほうがよさそうだね」
「みたいだな。悪いけど二人で、先に帰ってくれ」
 いつの間にか沙織のしゃべりかたも少し軽くなっている。
 そんなことを思いつつ、呼び出しくらった職員室まで行くことにする。たぶん待っている、先生だ。

「で、なんのようですか?」
 やっぱり俺を待っていたのは夏葵先生だった。どうしても霞流先生と呼ぶ気にはなれない。
「キミは教師に対して敬うとかいう殊勝な心がけはないのか」
「ありません」
「まあ、いい」
「いいんですか」
「いいの」
 なんだ、この会話は。
「よし、まずはこの指をみなさい」
 右人差し指をピシっのばす。
「超能力とか信じてませんから」
「そういう話じゃないから」
 そう言って、指先を天井に向ける、眼で追う、指先を地面に向ける、眼で追う、九〇度右に向ける、眼で追う、一八〇度まわして左を指す、眼で追う。以下略。
「さっさとしてください」
「キミ、あっちむいてほいとか苦手でしょ?」
「帰る」
「ああ、待った待った。ほれ最後に指した場所みる」
 今一度最後に指されたほうを見てみる。なにやら段ボールが積まれていた。
「アレですか?」
「そう、キミの教科書」
「あるじゃないですか」
「優しいお姉さまがキミに代わって入金しといてくれたの」
 ありがとう姉さん。今日の夕食は久々に俺が作ろうじゃないか。さすがにアレとかソレとかナニとかを強要されたら却下するが。
「で、どうせ入金されていたなら、なんでこんな面倒なことしたんですか?」
 遊び心以外の何物でもないと思うけど。
「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすって言うだろ?」
「言いますね」
 まさか、自堕落な俺を更正するためってか? 案外教師業をしっかりやってるじゃないか。
「生命保険がおりるからね」
「陰謀じゃねーか!」
 一瞬敬って損した。
「ええ、そうなんですよー。息子があたしに暴力をふるうんですよー」
 微妙に裏声。
「いつから親子関係になった」
「助けてください、みのさーん」
「一人芝居やめて、こっちの話しを聞け!」
 その後ああだこうだと問答みたいなコントは長いこと続き、さすが職員室だけあって他の教師の目が痛かった。
「ねー、あれってB組の子だって」
「うわっ、教師にあんな言葉遣いしてるよ。担任じゃなくてよかったー」
「そのうち傷害事件とか起こるな。あー無関係でよかった」
 頼む誤解しないでくれ教師陣。悪いのはこの変な人であって俺ではない。けっして俺はあのスラムの住人にはなりえない純粋無垢なお坊ちゃんだ。なんならキリストだろうがマリア様だろうが崇拝してやるから。
 つらい一時からようやく開放された、俺は教師からすればすでに、悪性ウイルスみたいなものなんだろうな。
「じゃ、帰りますね」
「そういえばさ」
「まだなにかあるんですか?」
 もう帰りたいんですけど。これ以上付き合っていると日が暮れる。昼飯だってまだ食べてない。
「水原都馬って、利発そうな名前だよね」
「そりゃ、どうも」
「分数の足し算くらいはできるかな」
「バカってことか? バカってことなんだな?」
「帰っていいよー」
「都合悪くなったら追いかえすのかよ!」

 疲れた。この上ないほど疲れた。なんだ、この学校は。生徒は怪しいし、教師は飛んでいるし、敷地はペンタゴンだし、最後は関係ないし。
「って、なに言ってるんだ俺は!」
 職員室を出て、バカみたいに広い校舎をでて、バカみたいに遠い校門を目指して歩く。
「独り言って客観的にみるとけっこう怖いな」
「引きこもりの初期症状って聞いたことあるね」
 なぜか校門でも渡と沙織が待っていた。
「なに、やってんだ?」
「置いてくのもなんだしな」
「たぶん荷物持ちがいると思ったし」
 沙織は俺がもってる、三段に積み重なった段ボールを見て言う。
「というわけで、一人一つってことでな」
「お前らの分は?」
「教室に置いてきた」
「僕は必要な分だけバッグにいれてある」
 いいやつらだな、ほんとに。

 というわけで一行は水原家への道を急ぐのであった。さながら天竺へ向かう三蔵一行みたいに。違うところがあるとすれば、冒険じゃないってのと、西じゃなくて東ということくらいだ。
「ねえ、こっちって高級住宅街のほうなんじゃ……」
「ああ、俺たちはこっちの住人」
 現在、沙織と渡に感謝の念をこめて昼食をご馳走するために我らが水原家に向かっているわけである。
「あ……」
 横断歩道の途中で渡が止まる。向こう側から歩いてくるのは美恋音よりちょっと年上くらいの女の子だ。渡は前を見ながら完全に硬直している。女の子は眼を合わせないようにこっちに歩いてくるが、渡の横を通り過ぎる瞬間くらいに、なんとも異様な笑みを浮かべていた。意識をとり戻した渡はすぐに振り返るがすでに少女の姿はなかった。
「……あいつ」
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ。オッケだ」
「あの子がどうかしたの?」
「いや、たぶん勘違いだから」
 たぶん嘘だな。こいつも十分わかりやすい。なんだかしらんが、あの少女が関係していることは確かだ。

 結局詮索とかしないまま目的地には到着した。
「ここなの?」
「ここだ」
 なにか不満なのか沙織は身震いしている。
「ねえ、これって自慢? このあからさまに電子レンジとドライヤー一緒に使ってもヒューズ飛びませんよみたいなものを超えて、なんか十二人の妹が、出てきそうな大きい家は」
「いや、たしかに普通に比べればでかすぎるだろうけど、自慢ではないぞ。決して」
「慣れれば、おもしろい遊び場みたいなもんさ。さ、さっさと入ろうぜ」
「ここは俺の家なんだけどな」
 なぜだか渡に先導されながら家に入る。リビングのほうからすでにいい感じのスパイスの香りがする。今日はカレーか。
「ただいまー」
「おじゃまします」
「どうもー」
「ああ、お帰り水原都馬くん御一行様」
「って、なんでいんだよ!」
 リビングの戸を開けると、なぜだか椅子に座ってカレーを食ってる担任がいた。対面では姉二人が楽しそうにこれまたカレーを食っている。隣では優夢ちゃんが申し訳なさそうに何度も頭を下げている。
「あんたら、より道でもしてたの? 遅すぎ。一週間教室掃除ね」
「ちょっとまて!」
「なに?」
「いや、まあいい。ここで争っても時間の無駄だ」
「つまり現在の都馬の言いたいことを勝手に要訳すると、なんで自分たちより跡に学校をでておいてこっちより早くついてるんだってことと、なぜここで食事してるのかってことだな」
「おー」
 渡の要訳に沙織が拍手する。思考を読むというのはやっぱり普通からすれば、すごいらしい。
「家庭訪問」
「早すぎる! せめてアポをとれ!」
「けどさー、こうしてお姉さま二人が出迎えてくれた上に、実の妹までもがいるとなると食事くらいご馳走になりたくなるじゃん」
「どういう思考回路してるんだろうね」
「気にするな。たぶん気にしてると一生昼飯が食えん」
 そう言って渡はさっさと沙織をつれて席につく。
「あ、福神漬け多めでお願い」
「僕はなるべく甘めがいいです」
「はーい」
 キッチンで追加のカレーを煮込んでた美恋音は、この状況を完全無視でオーダーを受けている。沙織あたりのことは、疑問に思わないところから姉さんたちにすでに話はきいているらしい。
 
 数分後
「いただきまーす!」
「…………いただきます」
 なぜだか全員で今一度昼食が始まった。納得いかん。
「む、福神漬けの漬けかた変えた?」
「あ、さすがです。ちょっと試行錯誤してみました」
「うん、いい感じ」
 そんな感じの渡。
「へえ、自分で作ってるんだ、この福神漬け。このカレーの甘辛さも好みかも」
「あ、それはルーにちょっとチョコを混ぜているんです」
「なんかのドラマみたいだね」
 そんな微妙なドラマのネタを知っている沙織はちょっとすごい。
「お姉ちゃん食べすぎだよー」
「いいの。貧乏家庭はこういう裕福ぶったブルジュアジーな家庭の、ブルジュアな食材で作った高級料理くらい食べたって、バチあたらないよ」
「あ、けど家で使ってる食材とかってほとんどスーパーで売ってるやつだよ」
「けっ、どうせ貧乏人は味なんてわかりませんよーだ」
「まあまあ、たくさんありますからどんどん食べてください」
 文句言いながらも、どんどんおかわりする、うちの担任はどうかと思う。ついでに、いちいちすすめるなよ美海さん。
「もういいよ」
 一人いじけていることにした。

 かなり長い時間がたって、ようやく昼食は終了した。すでに三時のおやつだ。渡と沙織は家の図面を見ながら、あーだこーだ言っている。どこから持ってきたんだ。姉さん達と先生は紅茶飲みながら談笑している。こっちから見ればマッドティーパーティーだ。優夢ちゃんと美恋音は新しいクラスについてあれこれ語りあっている。結論からすると世界は平和だ。
「そういや、頼成って、男なんだよなー」
 ビシっ、とかなんとかそんなような音がした気がした。
「ははははは。やっぱり狂ってたんですね先生!」
 やった、つかんだぞ! やはりこの教師は狂っていたんだ。よっしゃー! 頭の上で天使もサンバ踊ってるぞ!
「そうですよ」
「ちょっとまってー!」
 いかん、つい思いっきりつっこんでしまった。
「今日はノリがいいなー」
「いや、お前はなぜ驚かない?」
「知ってるし」
「なんで!?」
 ほかの面子も頭の上に「?」を浮かべている。
「え、もしかして……」
「たぶん知らなかったのは、都馬くんだけみたいだねー」
 うわっ、なんかみんな俺から目そらしてるし。先生にいたっては半笑いを浮かべている。
ぽんぽんっと肩を叩いてくる沙織。せめて否定しくれ。
「え、マジ?」
「マジマジ」
「今の発言にキャンセルを要求する!」
「うけつけておりません」
 やばい。俺の目って腐っている?
「え、なんで知ってるの?」
「だってね……ねー?」
「うん、雰囲気とか」
 つまりあれですか? 学校で会ったあの時から知ってたとか?
「つうか、普通に喉仏でてるし」
「アダムのりんご!」
「わざわざ西洋風に言わなくても」
 すげー落ち込む。やっぱり俺は壁際がお似合いさ。
「まあ、これからもよろしく」
「……よろしく」

 こんばんは、美恋音です。
 かくして今回お兄ちゃんに新しいお友達ができました。頼成沙織くんです。なんで女装してるのかはわからないけどいい人です。これからも末永くよろしくお願いします。
 けど、優夢ちゃんのお姉さんって、すごいテンション高い人ですね。これからのイベントが楽しみです。
 それではまたお会いしましょう。さようなら。

「せめてふたなりとか、そっち系のネタにしてくれ」