第四話『愛海、来日』

 六月の休日 PM1:30. 
 春も終わりっぽいけど、夏かというとそうでもないような微妙な時期。
お天気お姉さんは梅雨が近いことを満面の笑みで伝えている。ついでに近場に台風まで。
 チャンネルを変えてみてもバラエティーの再放送かニュースもしくは微妙な洋画くらいしかやっていない。
つけっぱなしで、リビングを見回してみる。
 美恋音は団欒用の大きい丸テーブルで宿題に奮闘。するまでもない学力あるくせに。
 二人のお姉さまはソファーの上で雑誌をめくりながら談笑。実際に雑誌を読んでいるのかあやしい。
 怖いほどなにもない休日のお昼は久しく忘れていた世間一般ということ教えてくれる。有難さと一緒に。ぽかぽか陽気に誘われて自室のベッドに向かう。

 同日同時刻某空港。
 久々に訪れた母国。
 帰ってきてみるとあまりいい感想を抱けない。
 一日前まで場所は違っても似たような都心にいたはずなのになんとなくこの国はだめ。
 しょせんこの国は、洋車の真似しだした車会社と汚職議員のコンプレックス。自慢できるのはオタク産業くらい。これも一部は韓国とかが迫ってきてどうしようもないような状態。
 さて、私はなぜ日付変更線まで超えてこんなところに……。
「そうですわね。ため息なんてはしたないことですわ。早々と挨拶に赴きましょう」
 重たいバッグを持って再び母国の大地を踏みしめる。
 私、愛海は帰ってまいりましたわ。

同日PM2:00. 夢の世界。
 なんとなくだけど自分夢みてるよなー的なことが考えられる睡眠ってあったりする。
 現在俺の眼下では、子供四人が戯れている。男女比一対三で。
 たぶんあの小僧は俺だな。言いたくないが、このころからガラ悪そうな目つきしてるな。
 将来出てくるかもしれん俺の息子か娘もこんな感じなのかな。息子ならいいが、娘には遺伝しないでもらいたいな。絶対しつけを間違えた痛い子供だと思われる。
 お、俺らしき小僧が少女AとBに引っ張られてるぞ。
 たぶんAは双海姉さんだろうな。言いたくないが、外見以外がまるで成長してない気がするな。一発でわかったぞ。 
 続いて少女Cの乱入か。Aを止めてるところをみるとあれは美海姉さんかな。こっちはしっかり成長してるな。今のほうが大人っぽいぞ。成長しても状況的にあんまり変わらないのはむしろアワレだが。
 さて、Bはだれだ? 状況的に美恋音ってことはないだろうけど。
 どことなくあの人に似てる気がするんだけどなー。なんか上品そうな顔でゴージャスぶってそうなところとか。口悪そうなところとか。人間見た目じゃないって言ってもなんかなー。

 同日PM2:20.水原家。
「ねえ、美海」
「なにー?」
「今日ってこんなにのんびりしてていい日だったけ」
「うーん。ミコー、今日ってなにかある日だっけー?」
「えっと、カレンダーに怖いくらい赤く丸がうってあるよ?」
 ます目を埋め尽くして何日か読めないくらいに赤い丸で印のつけられたカレンダーを指差す。
「ああ、あの日だ」
 つまりそういう日なんです。

 同日PM3:30. 街。
 空港からタクシーに乗り、セクハラオヤジの小言を聞いて、電車を乗り継ぎ、バスに乗って、さらに電車に乗ってようやく辿りついた思い出の地。今さらですけど、この街なんて名前でしたかしら? 駅名とは違った覚えがあるのですけど。
 それにしても、空港と同じ県内にあるのに、なんでこんなに離れているのでしょうか。アメリカは州内の移動はもっと楽でしたわ。州間の移動は微妙でしたけれど。
「たかが日本ですから、しかたありませんわね」
 所詮は敗戦国。努力と礼儀と大和魂を無くしてしまったこの国に期待するほうが間違いだったのです。
 ここから先は乗り物に頼るほどでもありませんので、歩いて行くとしましょう。
 駅前のデパート群を通り過ぎ、その先の商店街を通り過ぎ、住宅街をぬけ、高級住宅街の奥へ向かう。
 最奥のちょっと坂を上った先、バカにしたようにたっているそう、街の名前は忘れてもここの名前は覚えています。水原家です。

 同日同時刻水原家。
「準備とかしてないけど、いいかな?」
「いいでしょ。こっちが招いたわけじゃないんだし」
 やる気なしどころか、あからさまに嫌そうな双海は、普段の子供っぽさが完全に欠如したへなちょこ現代女子高生みたいにソファーの上で煎餅をかじっている。
「お母さんからの連絡だともうすぐ来ると思うけど、昼食って時間でもないし、おやつの時間は過ぎてるし、部屋が汚いわけでもなし。オールオッケー。あ、ミコ。なんでキッチンなんか行くかなー」
 ノートを閉じてキッチンに向かう美恋音に嫌そうから怒り気味にシフトした双海の静止がかかる。
「やっぱり、久しぶりに会うんだから夕食くらいしっかりしないと。ほら、あとでお母さんに報告されたら怒られちゃうよ?」
「大丈夫。黙らせるから」
「ミコー、手伝うよ」
 美海も美恋音に続く。
「ねえ、双海お姉ちゃんってなにかあったの?」
「ちょっといろいろね」
 普段見ることのない姉の不機嫌さに対する疑問に答えようとしたのと同時チャイムは鳴った。無駄に連続で。

 
 目は覚めた。
 昼寝直後はなぜか肩とか痛いがすぐに引くから問題なし。
 重要なのは夢と一緒に思い出した今日のことだ。
 さて、さっきからうるさくチャイムも鳴っていることだし、もう到着したんだろう。
 とりあえず着替えよう。出来ることなら今日一日、部屋で文庫本でも読んで終わりたい。
 本棚から、渡に借りた『新・かぐや姫』を取り出したところでやめた。
 最近現実逃避とか電波受信とか妙な癖みたいなものができてきた気がする。
 ここらでまともで普通な都馬くんに戻らないと染まってしましそうだ。いろいろと。
 明日という日は明るい日。ドアを開いて現実へと、
「って!?」
 おいおい、自分で開けようしたドアが勝手に開いたぞ? 自動ドアなんてシステムが密かについてたのか? というか、とにかく痛い。
「お久しぶりですわ、都馬」
「おお、なんかドアが喋ってるぞ。そうか。夢の続きだな。今の一撃は現実に引き戻そうとしたもんだったんだ。なら耐えることなくさっさと気絶してしまおう」
 床に大の字に寝そべり、目を閉じる。
「まったく、双海の教育がなってないから都馬がこんなおかしな人になってしまうのですわ。同情しますわ」
「冗談はいいとして、謝ってほしい」
「あら、お久しぶりですね。元気にしていらっしゃいましたか」
 よけいに元気がなくなりました。


 同日正午 街の喫茶。
 入り口の戸を開けると響きのいい鈴の音が鳴る。
「いらっしゃい」
 カウンターでは馴染みのマスターが皿を磨いていた。
「相変わらず暇そうですね」
「はは、近所のメイド喫茶もどきに客をとられてねー」
 へらへら笑っているが、来るたびに客は一人もおらず、マスターはマスターで、カウンターでなにかしらの作業をしているか、店の片隅でピアノを弾いているかのどちらかである。付き合い長い店だけに渡は一抹の不安を覚える。
「で、今日は都馬くんは一緒じゃないの?」
「海外行ってた叔母さんが来るとかなんとか。ま、本人は忘れてるでしょうけどね」
「ふむ。普段の君なら間違いなく途中乱入で場をぶち壊しそうなんだけどね」
「俺は言うなれば前座、序の口、マスターの世代だとイーとか叫ぶ戦闘員ですから。場くらいはわきまえますよ」
「うーん、そう言われると年取った気がしてくるね」
 実際何歳なのかは不明である。
「うん、昨日の夕食のあまりがあるけど食べてく? どうせ昼はまだでしょ」
「いいですね。俺にかかれば夕食のあまりを昼飯にするなんて朝飯前ですし」
 さて、わざわざ乱入しないでいてやるんだから、楽しい後日談を期待してるよ。
 高瀬渡は休み明けの騒動に胸を弾ませる。

 同日PM3:45.水原家。
 目の前で美恋音の入れた紅茶を優雅にすすっている女の子がよもや我らが水原さんとこの息子娘の叔母さんだなんてだれも信じないだろう。
 実際歳は一つしか違わない。姉さんたちが生まれた翌年になぜだか母さんの妹として登場したのが、目の前の愛海さまなのである。
 ちなみに母さんと違って口調は最高にブルジュア系お嬢様なのだが、性格のねじ曲がり方は完全に遺伝している。
 数日前まで母さんと海外で生活してたらしいんだが、なにを思ったんだか突如帰国。
 母さんに理由を聞いても曖昧な回答しか得られず、国際だけに無駄に電話代がかかっただけに終わってしまった。
「それで、今更なにしに来たわけ?」
「あらあら、身内なのですからいいじゃないですか。もしかしていまだにお年玉が欲しいなんて理由で親戚に会ったりするのですか?」
「くれるって言うならもらうわよ」
「…………お子様ですわね」 
 最後にふっ、とか笑って場はどんどん険悪化していく。
 普段なら渡か夏葵先生が乱入してきてくれるのだが、なぜだかそれも期待できないような気がする。
 いやむしろ、乱入されると余計に訳わからん状態に陥りそうな予感はせんでもないが。
「あー、用事思い出したからちょっとでかけて―――」
「あらあら、客人がいるのに外出するなんて仏に尻を向けるのと同意ですわよ?」
「都馬―。ボクはもっと遊びたいんだけど、どっか行っちゃうのー?」
 二人とも怖すぎです。漫画的表現で言うと線目みたいな極上の笑顔なんだけど背後にどす黒いオーラとそれを纏った妙な人型化け物が見えたりする。ほっといたらそいつらは殺し合いを始めるだろう。
「あ、いや、ああ、あれだよ。電話」
「二分ですませてください」
「微妙だな」
 いそいそと出ていって、玄関にある親機で渡の携帯にコールする。
 三コールででてくれた。
『はい、こちら月プトレマイオスクレーター地球軍基地。核の取り寄せは現在承っておりません』
「頼む、今日ばかりは真面目に話しを聞いてくれ」
『却下』
「まだ、内容も言ってないぞ!」
『言われんでもわかる。で、その頼みを聞くと休み明けの楽しみが減りそうだから却下。どっかの吸血鬼風にカット、カット、カットー!』
 無言でこっちから切った。これ以上話しても無駄そうである。二分すぎそうだし。
 リビングに戻ると客に背を向けるのは双海の教育が悪いとか、叔母様のそばにいるのが嫌だったとか、バカっていうやつがバカ的なノリで言葉のキャッチボールが行われていた。
「あら、都馬さんお早いお帰りで。もう電話はよろしいのですか?」
「叔母さんが二分で戻れって言ったんじゃん」
 まったくもってその通りだ。
「それはいいとして、都馬。お茶菓子が遅いんだけど、キッチンの様子みてきてくれるー?」
「ああ、わかった」
 ナイスです双海姉さん。これで法的にも愛海様ルールにも引っかかることなく退場できる。
 直後に『叔母さんって呼ぶな』とかなんとかの不毛な争いは再開された。

 キッチン。
「美恋音ー。双海姉さんがお茶菓子まだかーって」
 覗いてみるとキッチン内の小さい椅子に座って美海姉さんと語り合っていた。
「でねー。まだミコが二歳くらいの時だったんだけど、愛海さんが『双海さんのそばにいると都馬さんがバカになってしまいますわ』とか言いだして争奪戦が始まってねー」
 そんな歳からあの口調だったのか。とういか気づいてくれ。
「それでそれで?」
「二人で都馬の手を反対方向に引っ張ってね、最終的には都馬ったら肩脱臼しちゃってね、もう泣くわ、わめくわ、救急車呼ぶわ、責任押し付けあうわ、でも、おもしろかったんだよー」
 泣くわ、わめくわ、はいいとしてその歳で責任押し付けあうのはどんなもんだよ。
「いやいや、ちょっと待てよ姉さん。俺そんな覚えないぞ?」
「あれ、都馬いたの?」
「あ、お兄ちゃんだ。やっぱりすごいんだねー、昔からいろいろと」
 なぜだかたった今俺の存在に気がついたらしい。
「で、俺って双海姉さんたちに肩はずされてたのか?」
「うん。その後ショックでちょっと記憶が飛んでたりもしたんだよー。覚えてないのはたぶんそのせいだね」
 今更明かされる自分の負傷歴。
「え、ほかにもなんかあんの?」
「えーっとねー。確か最後に会ったのが都馬が八歳位のときだったからー。たぶん会った回数だけ怪我してると思うよ」
 よく無事でいられたな俺。
「一番衝撃的だったのは、都馬が屋根から落ちた時かなー」
「それは落ちたっていうか、落とされたってことか?」
「うん。なんか二人とも『獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす』っていうのがやりたかったんだって」
「ここだから言うが、あの二人は同レベルなのか?」
「うーん。運動は双海の方が得意だと思うけど、勉強は愛海さんの方かなー。あははー」
 笑ってる場合じゃないだろう。大丈夫か俺の周りは。脳の病気じゃないだろうな。


 喫茶店。
 状況は極めて切迫しているらしい。
 都馬があれだけ取り乱すこと自体が稀なだけに分かりやすい。
 休み明けに発表する新聞の原稿もちゃくちゃくと進む。
 鼻歌まじりにカリカリやっていると店の戸が開いた。
「いらっしゃい」
「あのー、待ち合わせなんですけど」
「おお、遅かったね」
 店に現れたのは頼成沙織。
 休日でも当たり前のように女装しているシャタっぽい人にはたまらない近年珍しい僕口調の男の子。
「なんだー、さおりんも来てたのかー?」
 そのすぐ後にやって来たのが霞流夏葵とその妹の優夢。
「ふむ、やるね。渡くんもそんな歳かー。ははは、若いってのは、いいことだね?」
「なに考えてるか知りませんが、とりあえず紅茶二杯とコーヒーだしてあげてください」
 マスターはカウンターで準備を始める。
「でー、高瀬さんとこの渡ちゃんよ。なんでこんな売れてない喫茶店に呼んだわけ? 言っとくけど、奢りじゃないなら即帰るから」
「お姉ちゃん、失礼だよ。せっかくお招きしてもらったのに」
 椅子にふんぞり返る姉に注意する妹。
 自称妹を養っているビューリホー女教師さまだが、立場が逆なようにしかみえない。
 どう考えても朝起きれない兄を起こす妹の図だ。性別違うけど。
「いいよ、優夢ちゃん。説明しないでいきなり呼び出したんだし」
「今朝いきなりだったもんねー」
「で、集合していただいた理由なんですが――」
「集合って、都馬とそのシスターズがいないじゃん」
「ええ、今日は水原家関係の話題なもんで呼んでないんです」
 筆をおいて三人に向きなおす。
「本日は、水原一家の叔母様が海外からやってくるんです」
「けっ、一族揃ってブルジュアかよ」
 海外に異様な反応を示す。英語教師のくせに海外行ったことないことを気にしているらしい。ただ僻んでいるだけっぽいところもあるが。
「で、その叔母様ってのに俺は会ったことないんですが、都馬によると俺たちと一つしか歳が違わないらしいんです」
「そりゃ是非とも拝みたいもんだね」
「ホントにいるんだね、そういう人」
「挨拶とか行ったほうがいいんじゃないでしょうか?」
 興味、感嘆、礼儀と三者三様、実に個性の表れる反応を示す。
「いやまあ、俺も実際のところそんなやつがいることを確認したいですし、挨拶もしとかないと失礼なんでしょうが、ここはあえて、あえて! 休み明けの都馬からドキュメンタリーを語ってもらうという方向でいきたい!」
 拳を握り天井を向いて叫ぶ。
「で、僕たちが呼ばれた理由ってなに?」
「あんたら休みとなると、絶対都馬の家に行くだろ」
「ああ、なるほど」
 沙織は美海と衣装とかの話が合うらしく、優夢は都馬のことが好きな上親友の美恋音もいるので、夏葵はブルジャいびりとうまい飯のために、理由はばらばらだが当然と言わんばかりに毎週水原家に集まるのである。
「というわけでまー、今日明日は都馬に関わらないようにと。あー、マスター。このテーブル砂糖切れてますよー」
 まもなく、紅茶とコーヒーもできて、砂糖も補充された。少し世間話に華を咲かせて、
「ところで、その原稿用紙なに?」
夏葵が渡が先ほどまで書いていた原稿用紙に目をつけた。
「ああ、これですか。新聞部のほうで使う原稿。今回の表題は『必見! 注目の生徒水原姉弟の家庭事情!』です。全校生徒どころか教師にまで人気ありますからね。いけると思いません?」
 原稿の何枚目かを引っ張り出すとそこにはでかでかとそんなタイトルが書いてあった。エクスクラメーションマークはなぜだか赤い色で書いてある。
「おいおい、うちの学校に新聞部なんてあったか?」
「夏葵さん。高校といったら甲子園を無駄に目指す野球部とマン研、オカ研、そして新聞部が基本です」
 そんなわけで野球部、マン研、オカ研に続いて渡は新聞部を創っていた。
 創刊号となる五月の紙面では『一年生必見! 初めての高校テストはこれでバッチリ!』というタイトルで全教科の過去問とそこから予測される傾向なんかを実に細かく分析したものを載せた。
 一時掲示板を飾ったその新聞は一日どころかお披露目一時間もしないうちに学園自治会の手により撤去されたが、その内容を覚えていた一部の一年生は当たり前のように上位にランクインし、期末にもあの新聞が登場すると豪語して期末の勉強なんかこれっぽっちもやっていないらしい。
「って、あの新聞お前が書いたのか!? あれのせいで成績順にクラス分けしたはずが平均点にとんでもないばらつきがでて困ったんだぞ。しかもあたしが他の教師の過去問そのままパクってだしたの全問正解しやがるし」
 それは過去問そのままパクるほうが悪い。
「けどさー、普通学校新聞って部活の勝敗とか生徒会のどうこうとか、犬猫の飼い主探したりとかじゃないの?」
 沙織はそのあたりが不思議らしい。
 ちなみに彼は例の新聞を見ていなかったが、そこそこの順位をとっていた。
「おいおい。重要なのは部活の勝敗に一喜一憂することか? 薔薇様とかの面白いみのない生徒会の事情を暴くことか? 犬猫の飼い主を探すことか!? 応答せよ頼成特殊工作員!」
 拳を握って熱弁する。
「かー。年がら年中コスプレするどころか、学校でも女装する特殊さんが今更なにを真人間ぶるのかねー」
「おいおい、学校公認なんだからそこまで言わんでもいいだろう。ああ、新聞は公認してないぞ」
「それに特殊工作員って呼び方もどうかと思いますよ?」
 一斉に叩かれる。こうなると男は弱いがしかし、
「応答せよー応答せよー、俺の眼前のおかしな人たち。はー、あんたらはどの口で真人間とかを語るんですか? 年中コスさんが特殊でないと? それを公認する学校と教師が異常でないと? それをかばいだてする人がおかしな人でないと?」 
「いやもういいから、せめて内容をまともなもんにしろよ。もうすぐ避難訓練とかあるからその連絡とか」
「やってられますかそんなこと! サイレン鳴ったら机の下にもぐって担任の指示で廊下にならんで、頭抱えて亀みたいによちよち歩いて運動場に整列して人数数えてはいお終い。そんな温い訓練で生き残れるのでしょうか! やる意味あるんでしょうか! 書く意味あるんでしょうか!」
 硬く握っていた拳を振り上げて『わが生涯に一片の悔いなし』みたいに叫ぶ。
 もはや渡的変な人扱いの三人はかってに別の話題に移っているが延々演説している渡。
 ネジが何本か外れた電波な人みたいである。
「なー、今日の高瀬ってなんか危なくないか? なんか今まで気のいい兄ちゃんかと思ってたのにB組にいても違和感ない電波さんになっちゃったぞ」
 冷めたコーヒーをすすりながらぼやく。とうの渡は血走った目で原稿用紙にペンを走らせる。
「そういえば最近学校でも女子がよってかなくなったよね。友達はいっぱいいるみたいだけど」
 入学当時、都馬とならんでクラスのアイドルだった渡はひと月しないうちにその電波っぷりを露見し女子から白い目でみられる扱いとなっている。それとつがいで都馬も似たような扱いをうける。
 まあ、それでもクリスマスやらバレンタインやらにはただひたすら追いかけられるわけなのだが。
「きっと都馬さんがいないからでしょうね」
「うん。そうかもね。だって都馬くんいたら一発殴って終わらせてくれるし」
「そ、それはちょっと違うと思うんですけどー」
「まあ、なんにせよあいつがいないとテンションの制御ができないんだろうな」
 一斉にうんうんと頷く。
「そうだね。やっぱり渡くんは都馬くんとのコンビでないと構図的に映えないよね」
 いきなり横からマスターが割り込んでくる。
「へー、マスターあんたわかってるね」
「案外長い付き合いなものでしてね。ああ、コーヒーのお代わりは自由ですよ」
 横のテーブルから椅子を持ってきて傍らに座る。
「私は彼らが中一のときからの付き合いでね。ああ、渡くんとは小学校中学年くらいからだけど」
 小学校中学年でこんな喫茶店に行きつけなのはすごいと感嘆する。
「しかし、昔から仲がよかったからねー。よく喧嘩っぽいことはしてたけど、しだいに愛が芽生えて、現実でやっても腐女子たちが文句を言わない――」
「いや、それ以上言わなくていいよ、マスター」
 ははは、と笑うマスターに夏葵は静止をかける。優夢はぼーっとして、沙織は続きを催促して夏葵に怒られる。
 そんなありきたりな午後の一幕。

 水原家夕食時
 自分の隠された過去のあれこれを聞いて、あれこれショックをうけたせいで茶菓子を出すことを忘れていたせいで、双海姉さんに白い目でみられ、愛海さんから愚痴をたくさん言われた。
 結局罰として美恋音が下準備していた夕食の続きを俺が作るはめにはったわけである。
「あら、都馬は料理もできますのね」
「カレーなんざ下準備さえ出来てればだれだって作れる」
 いやしかし、今思うと俺って家庭科の評定よかったよな。もしかして才能ある?
「しかし、双海さんのそばにいるのにずいぶん利発に育ちましたわね」
「どうも」
「分数の掛け算くらいはできるのかしら?」
「ごめん。それうちの担任にも言われた」
 うちのまわりはこんなのばっかりか。そういえば今日はメシ食いにこなかったな、あの人。
「まあ、ずいぶん酷いことをいう人ですわね。教育委員会の対応はどうなっているのですか?」
「ごめん、直前に自分の言ったこと思い出そう」
「やーい、若年性アルツハイマー」
 険悪な雰囲気は悪化していき、なんというかプラズマスパイラルの真っ只中に立っちゃった宗教家ボクサーみたいな気分をあじわってるんですが。二人ともすぐにでもギャラクティカなアレを打ち出しそうで余計に怖いし。
 その横で笑っている姉、妹がもう天使じゃなくて悪魔に見えるのは気のせいだろうか?
「そういえば、なんで今更戻ってきたんだ?」
 確か俺が十歳くらいのころまでは毎年来てた気がするが、今となってはご無沙汰である。
「先ほども双海さんに言いましたが、理由がなければ帰国してはいけないのですか? 向こうの学校は辞めてきましたし、マンションも引き払ってしまったのですから、帰ってくるしかなないでしょう」
「って、辞めちまったのか? たしか向こうのお嬢様学校で全校生徒憧れのお姉さまやってるって話を母さんから聞いたんだが」
「あらいやだ。お姉さまったら私の麗しくも愛らしい学園生活をそんなにも事実に忠実に語っていただかなくても」
 頬に手をあてて、おもいっきり自慢げに笑う。
「うわっ、自意識過剰な人がいる」
「黙りなさい」
 今ならわかる。お姉さまってのはありがちなスポーツ万能で後輩にも優しい姉御気質のことを言うのではなく、ゴージャス万歳威圧感バリバリの本当のお姉さま気質のことを言うのだと。
 しかしながら、それこそゴージャスの塊みたいなあの国でその上をいくゴージャスお姉さまっぷりを発揮するあたりはやはり水原家の人間らしい。
 爺さんと婆さんは案外普通なんだけどな。
「愛海さんの通ってた学園ってなんて名前なんですか?」
 美恋音の質問。
「あら、知りませんでしたの。お姉さまったらここが重要なところですのに」
 相変わらず頬に手を当てながら、あらあら、とかやっている。
「美恋音。だれもが気になってるのにあえて訊かなかったことをあっさりとまあ」
「私は別にかまいませんわよ?」
「いや、世の中には言っていいことと悪いことがあるわけでして」
 パターン的に版権とかの問題がいろいろと。
「私の通っていた学園は――」
「無視ですか……」
「リリア――」
「やっぱりこうなると思ったからやめろって言ったんだ!」
「都馬、お食事中に大きな声ださない」
 日本と向こうとじゃ法律が違うとはいえ、狙いすぎなそのネーミングは向こうにまでこっちの文化が浸透していることを物語っている。
 一部ではオタクが尊敬語となっているような国だからつっこむのもどうかと思うが近年の著作権とかはいろいろ忙しいので今のうちから注意しておくべきだろう。
 いやしかし、
「ここまできたら、あえて訊こう」
 あえて聞くまでもないが、どこまで版権的に問題があるのか調べておきたくなるのも男の子の性というものである。
「その学校って宗教なに?」
「キリ――」
「やっぱいいです」
 うちの学校もそうだが、あの宗教が関わるところはなんか妙な人間が集まるみたいだな。
 そういえばうちって真言宗じゃなかったっけ?
「そういえば、愛海さんは今日どこに泊まるんですか?」
「あら、荷物は先ほど客間に運んだではありませんか」
 つまり今日は当たり前のようにうちに泊まるわけだな。
「もしかして、ホテルに泊まるお金もないの? 不憫だね」
「あらあら、双海さんたら不憫だなんて難しい日本語よく知ってましたわねー。いい子、いい子」
 机からちょっと身を乗り出して双海姉さんの頭を撫でる。というかかきむしっている。
「うわー、さすが年下のくせに叔母さん。姪の頭撫でて喜んでるー。やーい、百合者」
 そのうちスプーンでフェンシング始めそうなこの雰囲気での食事を思いっきり楽しんでるくさい妹と姉の片割れの頭蓋を叩き割ったらかなり綺麗なピンクのあれが出てきそうでかなりむかつく。
「なあ、言いたくはないんだが、さっきから机の上がかなり汚れているのだが、どうにかなんらんのか」
「都馬さんが掃除すればいいでしょう。どうせ水がこぼれて、ルーが飛び散っているくらいなのですから」
「そうそう」
 お二人は仲がいいのか悪いのかはっきりしていただけると助かります。どうでもいいからもうやめてくれ、被害が床にまで進展しているぞ。他二名はテーブル移動してるし。
 その後、スプーンでカレーすくっては投げ合うということを本当にやりだし、最終的には美海姉さんに本気で怒られ、汚れた服は洗濯機に叩き込まれ、素っ裸にひん剥かれた二人は湯も張ってない風呂に叩き込まれた。
 汚れまくった部屋も当然のように二人が掃除した。半分徹夜だろーなー、あの状況だと。

 夜、水原家屋上テラス。
「はあ―――――」
 ずいぶん長いため息がでたもんだ。
 しかしまあ、最近よくわからんのが身近に増えてきたもんだ。
 そういえば、
「私でしたら、来週からはここから少し離れたマンションに住むことになっていますわよ」
「ついに人の思考まで読めるようになりました」
 つまり俺の考えていた、『愛海さんはこれからどうするんだろうか』ということをさらっと読み取り、返答した愛海さんはいつのまにか俺の後ろに立っていたわけである。
「下は終わったんですか?」
「ええ、途中から美恋音さんが手伝ってくださいましたから。あの子はとても利発に育ちましたわね。ノンデイターミスティックポリノミアル完全問題も解けるかしら?」
「いくらなんでもそれは人として無理がある」
 ノンデイターミスティックポリノミアル完全問題、通称NP完全問題と呼ばれるこいつは、現代数学において最大級の難関とされているもので、解けるやつなんてまずいない。
 言うまでもないが、分数の掛け算とは天と地ほどの差というか比べることすら恥ずかしいレベルだ。
「あの数式は見たことあるが、もう悪魔召喚の魔方陣かと思ったぞ」
「まあ、素人が見ればなんのことやらさっぱりでしょうね」
「愛海さんは理解できるのか?」
「いいえ、まったく」
 まあ、そりゃそうだろう。
 巷で天才とか呼ばれるうちの母上、晴美様だってあれはさすがに無理だろうからな。
「しかし、昔から考え事するときは屋上なのですね」
 はっとして、愛海さんのほうにばっと振り返ってしまった。冷や汗だらだらで。
「あら、どうしましたの?」
「あ、いや、あは、あははは」
 口が裂けんばかりの、とてつもなく引きつった笑みを浮かべる自分に恐怖心を覚えるが、それ以上に美海姉さんから聞いた話のほうで足もすくむ。
 おそらくこれと似たようなシチュエーションで俺は叩き落されたのだろう。今下を見ると、なんとなく血溜まりができているような錯覚さえ覚える。
「はあ、さすがに突き落としたりはしませんわよ。双海さんじゃあるまいし」
「ごめん、まるで説得力ない」
 その双海さんと一緒に俺を突き落としたのがあなたでしょう。さっき同レベルの争いしてたし。
「あの時はとっさの気の迷いです。よくあることです。さっさと忘れない」
 絶対よくあることではない。
「いや、俺も数時間前までは完全に忘れてた」
 しかし、思い出してしまうとどうしようもないのが人間なのである。
「ま、その話は置いておいて」
「いや、謝罪の一つでもくれるとうれしいんですけど」
「双海さんは謝罪しましたの?」
「たぶん本人忘れてると思うけど」
「じゃあ、私も謝罪する必要はありませんね」
 愛海さんの言語中枢のシナプスはどうなっているのか気になってしょうがなくなってきた。
「それはそうと、明日あたり街を案内してほしいのですけれど」
「またデンジャーな注文するね。セットメニューみたいに双海姉さんがついてくるぞ」
「だから、日も明けきらない時間から出ようと言っているのです」
「そんな時間に案内したってどこもやってないぞ?」
 おそらく時期的に午前四から五時ごろのことを言っているのだろうが、その時間帯だとファミレスかコンビニくらいしかやっていない。
「べつに、ショッピングしようなどとは考えておりませんわ。単純にどこになにがあるのかわかればよいのですから」
「あ、そう。じゃあ、別にいいけど、俺が起きれるかどうかの保障はありませんよ」
「ちなみに朝食はファミレスで我慢しますから、奢ってくださいね」
「やっぱやめた。NP完全問題だって解いちゃううちの妹にでも頼んでくれ」
「冗談ですわ。では、明日楽しみにしていますわよ。紳士たるもの、淑女の期待にしっかり答えるようにしてくださいまし」
 そう言って、さっさと中に戻っていってしまった。
「はあ―――――」
 俺の悩み事は増えるという結果に終わり、最初と同じくらい長いため息をもって完結した。

 翌日早朝、水原家玄関前。
 結局起きれなかった俺は、愛海さんに起こしてもらい、冴えきらない頭でなんとか着替えをすませて玄関前に待機しているわけである。
 おそらくこの時間帯だと、ジョギングしている爺さん婆さんやら、新聞配達の兄ちゃんたちと出くわすことにはなるだろうが、知人に会う可能性はまずないだろう。その辺りを気にしなくてすむだけ気分は楽だ。
「おまたせしました」
「人にさっさと準備しろと言っておいてこれだけ待たすのはどうかと思う」
「あら、待つのも紳士の務めですわよ」
「その無駄な時間にデスクワークの一つでもしたいと思うのが紳士の心情なんだと思うけどね」
 軽口を叩きながら家を出る。
 朝食もとっていないので、まずは適当なファミレスに行くことにした。
「愛海さんはなに食うんだ?」
「当たり前のようにモーニングセットですわ。ああ、ドリンクは紅茶でお願いしますね」
「じゃ、俺も。ドリンクはコーヒーで」
 このファミレスは他よりも早く、そして長くセットメニューおいてくれるので時たま重宝する。
 特にこの時間帯になると客も徹夜で勉強してるガリ勉か変なマンガ家くらいしかいないので、出てくるのも早い。今日はそれもいないのでもっと早い。
「で、まずどこ見たい?」
「そうですね、まずは学校を見せていただこうかと思いましたが、それは後にしましょう。それよりもこの住所の場所を教えてもらいのですが」
 そういって一枚の紙をだす。そこには街でも有数の豪華マンションの住所が書かれていた。横には軽い地図も添えられている。
「ああ、ここならよく知ってる。で、来週からはここに住むのか?」
「ええ、明後日に荷物が届く予定なので、それまでに場所だけでも確認しておこうかと思いまして。鍵は先に貰ってますから中も見ておきたいですしね」
「管理人さんとかに挨拶はしなくていいのか?」
「どうなんでしょう?」
 まあ、普通はいけないんだろうが、言って聞くような人でもないし、適当に答えておこう。
「それにしても、まずい紅茶ですわね。湯も温いし、蒸らしもたらない。ジャンピングもしないから香りもでない。話になりません」
「そこまで期待するほうが間違ってるって。そうだな、午後はいい店紹介するよ」
「では、ここはこれで我慢しましょう」
 なんだか、遠めで聞いていた店員の目が怖いのでさっさと食って逃げるように店をでた。
 愛海さんはもっとゆっくり食べたいとか言っていたが、気にしている余裕もない。

「で、ここがお目当ての場所」
「ずいぶんと背の高いマンションですわね」
 見上げながら言う。まあ、高級マンションってのはだいたい十何階建てってのがざらだからそこまで驚くほどのことでもないが。
「で、何階なの?」
「ナンバーを見る限りは十三階ですわね」
 また、お似合いの不吉なナンバーだな。口には出さないが。

 ロック式の自動ドアを鍵で開け、エレベーターで十三階へ昇る。
 そこから右側の愛海さんの部屋に向かう。
 部屋の中は見た感じ3LDKとまあ、さすがに一階につき二部屋しかないという豪華っぷりを露見してくれる。
「なかなかですわね」
「ずいぶん贅沢なご意見だな」
「まあ、家具はだいたい揃っているようですから座ってお待ちください」
「待ってなにするんだよ」
「都馬さんのところからヤカンとティーパックは持ってきましたからお茶を入れさせていただきます」
 また勝手なことやってるな。
「水とガスはきてるの?」
「電気がきてるのですから大丈夫でしょう」
 十数分で湯も沸騰して、茶ができた。テーブルにカップをおいてそこに注ぐ。
「手伝いましょうかなどという気のきいた台詞は期待してませんでしたからご安心を」
「そりゃどうも」
 まずは一口。
「で、なんで俺なんだ?」
「気づいてましたの?」
「それこそ街案内なら美恋音を選んだほうが妥当だろうからな。双海姉さんだと喧嘩になるし、美海姉さんだと昨日のことで気まずいだろ」
「いえ、美恋音さんではいざというときにボディーガードになりませんから。私は水原家の中でも運動が苦手なほうですしから自分の身を守るのも不安ですしね。私ほどの美女ともなると巷の暴君がいつ襲ってきてもおかしくありませんしね」
「あっそう」
 自意識過剰というわけでもないんだけど、ここまではっきり言われると反発したくなる。
「私が突然帰ってきた理由なのですが」
「どうせ母さんあたりから指令でもあったんだろ?」
「そこまでわかってらっしゃいましたか」
 だいたいわかる。理由までは分からないが。
「お姉さまはあなたのことを心配しておられました。癖が治ってないと」
「癖っていうと?」
「悩み事するたびに高いところに登りたがる癖です。なんでも春休み中に入学祝で別荘に行ったそうですわね」
「ああ、祝いという名の強制労働な」
 あれは一体なんだったのか。その後母さんと二人で飲み明かし、気づけば部屋で半裸で寝てたしな。
「で、それが?」
「お姉さまとしては、可愛くも健気な妹と熱い友情を分かち合う親友がいながらなんでいまだにそんなこと続けているのか気になってしかたないそうです」
 おいおい。可愛くも健気とか熱い友情とかはまあこの際いいとして、毎朝タックルしてくる姉と電波な言動でこっちを困らすばかりのあいつの存在で気苦労が減るとは思えない。いや、むしろ増える。
「そんなことでいちいち来たのか……」
「ええ、私としても双海さんの成長っぷりや都馬さんの親友さんが気になりましたのでね」
「俺自身には興味なしかい」
「確かに私も都馬さんのことが気になりますが、それ以上に存在感の濃いお方ばかりなので、興味を向けている場合ではないのです」
「ああ、それよくわかる」
「それで、どうせ向こうの生活にも飽きましたし、帰ってきたわけです。それに英語圏の国なのになんでスールなどとなぜフランス語を使いたがるのか分からない妙な学校も性に合いませんでしたし」
「いや、日本の方が性に合わないと思うぞ。英語、フランス語、その他あれこれと妙な言語が飛び交うからな」
 実際に向こうでスールという言葉が流行りだしたのは日本文化の影響もあるのだろう。そのうち、意味を知ってる人からすれば羞恥プレイな言語も公用語になるかもしれない。
「まあ、どうせ辞めちまったなら仕方ないか。で、学校はどうするんだ?」
「もちろん都馬さんたちと同じところですわ。なんでも歴史のあるキリスト系進学校だそうで、清く正しい天使のような生徒が美しい笑顔で背の高い門をくぐりぬけ―――」
 向こうに送られた学園のパンフレットには一体どんな作為的な写真と巧みな文章が綴られていたのだろうか。
 前半部はいいとして、後半の清くはどす黒く、正しくはその真逆で、天使は妥協しても堕天使、美しい笑顔は単にイっちゃってるだけの話のような気がしてならない。
「愛海さん、期待してると登校拒否起こすかもよ」
 正直なところ俺も二日ほど仮病で休んだことがある。双海姉さんの献身的なつもりの暴力介護で余計に萎えて復帰したが。
「どのみち学園そのものには興味ありませんわ。ようはお姉さまの言いつけどおり、都馬さんを監視して逐一情報を送ればいいだけのことですから。あとは適当に休み毎に各地の文化遺産でも見て回れれば文句はありませんわ。関東一円でも結構な数の遺産が残されているらしいですし」
「で、俺は休み毎にその案内をせにゃならんわけだな」
「いいえ、さすがにそこまではお願いしませんわ。私、ああいったものは一人で見るのが好きなもので」
「さいで」
 その後、十年以上住んでる向こうの文句を延々語り、久々に帰ってきた日本の文句を語り続け、最終的には双海姉さんをなじり続け、紅茶は緑茶にシフトして数時間。
 気づけば早めの昼にしてもいい時間となり、目的の場所に案内することにした。

 いつぞやの喫茶店。
 さてさて、今日も渡くん達が早々に起きてくるだろうから、モーニングでも作っておこうか。
 昨日はみんな深夜まで騒いで寝てしまったので、奥の事務所で一緒くたに寝かしてあるけど、さすがにうら若い男女を一緒にしておくのはまずかっただろうか。
 あの電波な渡くんが生身の女の子にそこまで興味を示すとは思えないが、都馬くんがいないとなるとなにが起こるか気になってああー、気になるな、もう!
「マスター、カウンターの中で肩抱きながらくねくねするのやめてください」
 入り口の鐘を鳴らし、なぜだかお決まりの彼は登場した。

「さすが、都馬さんのおすすめ。期待通りのおかしな店ですわね」
「まあ、味だけとればその辺よりはマシだから」
「それは遠まわしに私を変人だと言ってるのかな?」
「じゃあ、直接言いましょう。自己認識を反省しろ、変人」
 ははは、とか笑ってる目の前のマスターを無視してさっさとカウンター前の席につく。
「都馬くん、そちらのお嬢さんはどちらかな? どちらにしろシティーボーイデビュー?」
「黙って、茶とランチ」
「なるほど、この店ではマスターの言動を無視するのが礼儀なのですね」
「いやいや、相手してくれないと泣いちゃうぞー」
「都馬さん、本当にあなたの周りは変人ばかりですわね」
 否定できないところが非常に悲しい。
 このマスターのおかしな性格に適応できない人が多いから近所のメイド喫茶に客とられるんだ。
 いやむしろ、適応できてる俺らがすごいのか。いきなりで軽くつっこめる愛海さんもすごいが、普通に考えると遠まわしに俺ら全員変人ってことだよな。
「時にお嬢さん、何色のティーが好みかな?」
「あら、何色と言いますと?」
「この店の名物みたいなものでね、どうせここが行きつけになりそうなお客様には出すことにしているんですよ」
「では、妥当なところで赤を」
 ああ、あれやるのか。
「では、こちらのマロウブルーティーに――」
「レモン汁を垂らして、紫色を赤色に変えるなんてベタなことするわけじゃありませんでしょうね?」
「な、なぜそれを!」
 うわー、一発で見抜いたよ。
「そんなもの少々知識のある人ならだれでも知ってますわよ。まったく、私をその辺のミーハー女子高生と同一視されては困ります」
「都馬くん、最近の女子高生はアスファルト級だね」
「安心してください、お隣の愛海さんが異常なだけです」
 さてさて、さっさと昼食済ませて、最後の目的地にでも行きたいな。
「あら、本当に味はいいですわね」
「そうでしょう、そうでしょうとも」
「これからも誠心誠意がんばってくださいまし」
「まかせておきたまえ!」
 右手でサムズアップし、左手で前髪をかきあげる。
「都馬さん、目の前の人は脳の病気ですか?」
「否定できないところがむしろすごい」
 つっこみながらの長い昼食を終えて、最終目的地の学園を目指すことになったのはこれまたかなり後のことであった。

 都馬たちが店からいなくなって数分後。
「マスター、今何時ですかー?」
「まもなく午後だよ。よく眠れたかい?」
「ええ、さすがに目を覚ましたら沙織の顔が目の前にあったのは怖かったですけど」
「はは、さすがのキミも男色趣味はないのかい」
「ありません」
「そうそう、さっきまで都馬くんがきてたよ。美しいよりのかわいい女の子と一緒に。あの子がたぶん昨日話してた叔母さんなんじゃないかな?」
「げ、俺たちのことバレてませんか?」
「大丈夫、そっちに関心がいかないようにしておいたから」
「ありがとうございます」
「それはそうと、その叔母さんなんだけど、今日中に手続きを済ませて、来週からキミたちと同じ学園に入るそうだよ」
「おお! ナイスな情報ですよマスター! さっそくファンクラブの設立に乗り出さねばなりませんね。なんといっても美男美女ぞろいの水原家の新メンバーですからね。学内で熾烈な勢力争いが起こること必死ですからさっさと動き出さねば」
「顔も見てないのにすでに会員気分かね」
「いえ、俺は作るだけ作って放置します。ほかに任せたほうがおもしろいのでね」
「裏から操るタイプか」
「そうなります」
 ははは、と二人で笑い、午後の一幕が始まる。

 学園。
「まあ、ここ」
「ここと言われましても、校舎が遥か彼方に見えるのですが」
「この学校は街の中心にバカみたいにあるから、当然のように敷地もバカみたいに広いから校舎までもバカみたいに遠いんだ」
「当然のように校舎も広すぎてやってられなくなるって落ちなのでしょうね」
「よくわかっていらっしゃる」
 まずは、職員室に行って適当な教師に話しを通して、事務のほうに書類の提出、適当に校長挨拶すませて終わりと。
「ここが、職員室」
「遠すぎですわ。問題が起こった場合、迅速な対応というものがまるでできそうにありませんわね」
「生徒の自主性を尊重してるらしいからね」
 どう考えてもただ放任してるだけくさいのだが。
 ノックして戸を開ける。
「失礼します」
「失礼します」
 室内を見渡すと教員は一人しかいなかった。休日とはいえあれだけ教師がいて、職員室で仕事してるのが一人だけってのもすごい話だな。
「あら、水原くんどうしたの?」
「神楽坂先生ですか。ちょうどよかった。こちら来週からうちの学園に入学することになった、水原愛海さんなんですが、書類関係に目通してもらえますか。事務は適当に判子押すだけでしょうから」
「ああ、はいはい。聞いてるわよ。なんでも帰国子女で、向こうの学校でも優秀な成績を収めてたとか」
「それほどでもありませんわ。単に周りがバカすぎただけの話です」
「あ、あら。そうなの」
 あはは、と愛想よく笑っているが、どう考えても高圧的な雰囲気に圧倒されているくさい。
「じゃあ、書類だして。一通りこっちで記入ミスないかチェックするから」
「はい」
 向こうでの成績関係の資料やら、現住所、奨学金の確認用紙に、保護者の資料とあれこれ一枚一枚チェックしていく。ずいぶん丁寧な仕事だ。
「はい、ミスはありませんね。では、こちらの用紙と一緒に事務のほうに提出してください。受領が終わった段階で本校の生徒として認められますので、校長先生の方に挨拶しに行ってください。制服に関してはできるまでは、私服登校でかまわないから」
「はい、ご足労おかけしました」
「ずいぶん丁寧だなおい」
「高位のヒトには礼をつくすものですわよ」
「さっきのマスターはどうなるんだよ」
「高位とは単に年齢のことだけを言うのではありません」
 あっそう。
 事務への提出も終わり、校長への挨拶も本当に一分ほどですませて、晴れて俺の仕事も終わった。
「今日はいろいろとありがとうございました」
「どうも」
「それでは、帰りましょうか。今日はまだ泊まらせていただきますわよ」
「はいはい。怒られないようにはしてくれよ」
「わかっております」
 
 翌日。
「おっはよー、都馬。どうだった、楽しい休日だったかな?」
「気苦労の耐えない休日だったよ、まったくもって」
「あはは、ねえ、うわさの叔母さんってどんな人なの?」
「二、三日もすればすぐにわかるさ。どうせあの人が目立たないわけないんだし」
 どうせ、今日、クラスで紹介された段階で叫び声の一つでも上の階から聞こえてくるだろう。
 愛海さんが入るのは間違いなくB組。全学年通しておかしなやつらのスラムだ。俺もそこの住人なわけだが。
「ういー、みなのものおはようー。本日は二年生の方にうちのクラスの水原の叔母さんが転入してきました。言うまでもなく、才色兼備のお嬢様なんで、むかつく人は身近な水原、つまるところは都馬くんをボコっちゃっていいよー」
「かってなこと言うな!」
「だまれブルジュアが!」
 なにを根にもってるんだよ。そんなに。
 ああ、クラス中から妙なオーラ感じるし。
 SHRも終わりかけるころ、そろそろ上から絶叫が聞こえるかと思いきや、それはなかった。なぜなら、愛海さんが入ったのはBではなく、スーパー優等生学級A組だったからである。世の理不尽さに嘆きつつも、一時間目の授業をサボって、クラスメートからの怒涛の追撃を逃れたのは言うまでもない。